未来知識Future knowledge
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古
事記「天地のはじめ」に書かれる宇宙の二重構造
(多次元宇宙) |
Introduction 超宇宙論
Super-cosmology 1. 旧基礎資料 Old basic paper 1 ・雑感 My impressions 1 2. 旧基礎資料2 Old basic paper 2 ・雑感2 My impressions 2 3. モデル概念の再考 ・例示と解釈 Illustration/interpretation ・例示と解釈2 Illustration/interpretation2 ・未来予測 Future prediction ・解脱境完全ガイド Deliverance perfect guide 4. 哲学的応用例 ・般若心経解釈 5. 古代科学からのフォロー ・古事記「天地のはじ め」 6. 雑感 ・雑感3 ・雑感4 ・雑感5 ・雑感6 ・雑感7 |
古事記もフォローする当超宇宙構造モデル理論 古事記神話の最初の部分「天地のはじめ」は、そこに盛り込まれる科学性の高水準さのゆえに、失われた超古代文明から持ち越された知識 ではなかったか、という観点から、1983年に一著あらわしました。 次の画像の本「古事記と超古代史」がそれです。日本サイ科学会の当時重鎮だった方はご存じかも知れません。20部寄付しましたから。しかし、もうご存命で はないかも。 その超古代とは、昔から先賢が唱えられていたように、アトランティスやムーなどの先史超文明を想定するしかなかったものであります。 当時にあってはそうでしたが、もしかしたら、これから発明されるタイムマシンなどにより、時間のサイクリック利用が促進された結果として、未来知識が古代 に登場させられたかもしれないと、現在では当宇宙理論に基づいて、加味し考慮しなくてはならなくなっています。 しかも、どうやら後者の可能性のほうが大きいみたいです。というのは、古事記やその他の古代文書に盛られる宇宙論には、現在現時点において有力視されてい る科学諸説の主概念が載せられているからです。 たとえば、定常宇宙論的でありながらもホログラムや多次元に言及している古事記。ビッグバン的表現を用いている九鬼文書や中国の盤古神話など。これらは、 古代に、現代物理学の蓋然知識が渡っていたかのようです。 どうして古代文書のすべてが一本化された概念になってないのかを考えれば、それらの知識の源が科学諸説乱立状態にあったからだろうと推測されるのです。 どうやらタイムマシンの発明は2030年代のこと、今から2030年までは、世界大恐慌や第三次大戦、種々の汚染災害、天変地異の連続で、科学にまともな 発展が望めないだろうこともあり、まだ完熟しきっていない状態の科学が古代に持ち込まれた可能性があるわけです。知識のキャリアーはやはり、人間が果たし ます。 古事記の「天地のはじめ」の後半には、宇宙創生に伴う基本物理性質の完備が書かれますが、それは素粒子の基本三性質(質量、電荷、スピン)が導かれるすべ のものでした。これは現代素粒子物理学の著名なアウトプットとして不動のものですから、採録されるにふさわしいものです。 では、古事記神話の「天地のはじめ」の解釈です。 原文の大事な箇所は赤記します。
天地のはじめ 天地のはじめの時、高天原に成りませる神の名は、天の御中主の神。次に高御産巣日の神。次に神産巣日の神。この三柱の神は、みな独神に成りまして、身を隠したまひき。 次に國若く、浮かべる脂の如くして水母なす漂へるときに、葦かびのごともえ上がるものによりて成りませる神の名は、ウマシアシカビヒコヂの神。次に天の 常立の神。 この二柱の神もみな独神に成りまして、身を隠したまひき。 上の件、五柱の神は別天つ神。 .......................................................................................................................... 次に成りませる神の名は、國の常立の神。次に豊雲野の神。この二柱の神も独神に成りまして、身を隠したまひき。 次に成りませる神の名は、ウヒヂニの神。次に妹スヒヂニの神。 次にツノグヒ(角杭)の神。次に妹イクグヒ(活杭)の神。 次にオホトノヂの神。次に妹オホトノベの神。 次にオモダルの神。次に妹アヤカシコネの神。 次にイザナギの神。次に妹イザナミの神。 上の件、國の常立ちの神より下、イザナミの神より前を、あはせて神世七代とまをす。(独身の一々を一代、夫婦神の一組を一代とする) 解釈 「天地のはじめ」の段だけでも、大きく二つの領域にわかれていることが、上の区分けからわかると思います。 その区分けを示す重要語は、「別天つ神」です。つまり、こちらの世界とは別の領域だということを示しているのです。 では、上段の中に書かれる神とは・・・。 それは神名に示されるわけですが、すべてが「身を隠したまひき」、つまり見ようとしても見えない状態にあるとなっていて、しかも別領域にあるというので は、どういうものなのか、皆目わかるはずもありません。 ではまず、その前に、こちらの世界に関する、下段の神名から見ていきましょう。その訳を掲げます。 次に、三次元宇宙空間(四次元時空)が生じ 確立する。そこは物質の母源たる星雲を豊富にたたえていた。この両者も、我々の眼で見ることはできない。 古事記成立当時には、望遠鏡などの観測機材はなく、宇宙の彼方の星雲などは捉えられません。これゆえ、目で見えないという意味の「身を隠す」となっている のです。またこれが、神(隠り身)の語源にもなっています。 いっぽう、次は身近にある諸原理であり、注意深く見ていればわかるすべのものです。 次は、浮き上がろうとする摂理と下に沈もう とする摂理ができた。(浮力と重力 ⇒ 質量) 次は、堅牢で頑丈な極と、活発で生命的な極ができた。 (陽子と電子 ⇒ 電荷) 次は、ものの重心に向かう力と、ものの外側に向かう力ができた。 (求心力と遠心力 ⇒ 角運動量) 次は、諸原理の充足があり、現象の綾はこの充足完備を以て造られることになるのである。 次は、鎮め平衡化しようとする摂理と、波立たせ擾乱しようとする摂理ができ、この原理の意志によって現象は生成されることになるのである。 これらは、古代当時の人でも、注意深く現象を観察すれば、理解できてくる物理的法則なわけです。いっぽう、宇宙のことは、天体望遠鏡などの発達をみなくて はなり ません。それを古事記は、見えない事象(隠り身)として示していたことになります。 では、上段に出てくる神々の名とは、いったい何か。 実は、その預言しているのが、私の超宇宙モデル理論だったのです。では、訳してみましょう。 先ず超宇宙の原理あり。 世界の開始に際しては、先ず超宇宙空間があり、そこに中心的統括機構ができ、現象を顕し結ばせるための機構ができ、現象の元となる理念の供給機構ができ た。この三つはそれぞれ独立した存在であるが、我々の観測にはかからない。 現象の展開時の様子はこうなっている。 漂う水母状の意味不明なもの(ホログラム)に光が射すと、萌え上がるあし黴のように現象生成が始まり、それと同時に励起された場としての時空間が生じ確 立した。 これらのことも、我々が観測できない世界の摂理である。以上、五つの事柄は、我々の物理宇宙とは異なる、別の超宇宙を扱う理論で出てくるはずであり、先 の世に おいてその登場が待たれることになるだろう。 重要なのは、高御産巣日の神 ((像を)顕わし結ばせようとする機構) と、神産巣日の神(結ばせるための材料を供給する隠れた機構)の存在を預言してい ること です。 これが、我々の時空とは別の空間にあって、どうやら我々の時空はそこから統御されているというわけです。 私は、高御産巣日の神((像を)顕わし結ばせようとする機構)のことを、超空間にある超高性能コンピューターであると解釈しています。 なぜかと言いますと、高御産巣日の神の息子に、思い金の神がいて、つまり明らかにコンピューター(ハードウェア)を示す神がいることによります。 息子ということなので、次元的ブレークダウンして顕現するということでしょう。 いっぽう、高御産巣 日の神は、思い金の神(こちらの世界のコンピューター)を超次元化したところの、超コンピューター摂理だろうというわけです。 辻褄があうでしょう。 そして、神産巣日の神(結ばせるための材料を供給する隠れ機構)を、コンピューター用の言語で書かれたプログラムの供給機構、つまりプログラムを格納する メモリから、このソフトのプログラムを製作する開発者にいたるまでの隠れた機構のことと捉えます。 それの統括を、天の御中主の神という、この世の設計から運営までを担う統括機構(プロジェクトあるいは、何らかのメカニズム)が行っているというわけで す。 思い金の神は下段以後、頻繁に出てくる、この世に関する神ですから、下段からすでに次元的にブレークダウンしていることになります。ここでは次元の隔たり が、上 段の神の隠り身であることの理由になっていることがわかります。 その次元の異なる理由も、おのずと理解できるでしょう。そうなのです。我々は、プログラムされた側の存在であり、実行されて初めて自意識も生じる。 いっぽう、あちら側はプログラムを開発し、それを動か している側なのです。 だから、こちらからでは永遠に見えないし、モデルを介して推量するしか把握の方法がないのです。 映画・マトリックスの前提条件が、本来の相であること、わかりましたでしょうか。 我々は、何らかのソフトの中の特定のキャラクターを演じているのです。 これによって、少なくとも我々は、仮想現実(バーチャルリアリティ)を生きていることが確実になります。いったい何しやがるんだ、こんなとこに閉じ込めや がって、コンニャローっというわ けです。 我々には実体としての霊があると言います。それは事実でしょうし、また事実であれば、我々は上位次元から、アバターを投入してやってきていて、本体はこの ソフトに没我している霊かも知れないことも頷けると思います。 それが実はPCであったりする。えっ? 俺たちはいったい・・・。(笑) その実験と検証は、有能なみなさんにお任せします。 さてこのソフト、いったいどういう目的を持ったものなんでしょうね。 今のところ、何らかのゲームソフトのような気がしないでもないのは、私ばかりでしょう か。 |