物語 |
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作/奥人
19xx年8月3日、この日は早駆けの台風が近づいていたが、 エーオース星の研究機関の一行が立ち寄ることになっていた。 この場所で宇宙船のエネルギー補給をするとのことで、 滞在時間も半日に及ぶ予定であった。
私は仕事を深夜遅くに終えて帰ってくると、 その足で別宅に入って朝まで眠ることとした。 もう、割合慣れたことではあったが、 あの美女艦隊を擁するエーオース星とあっては、 胸が騒いで熟睡というわけにはいかず、 早朝中庭で騒がしい物音がして、 どうやらご一行が到着した頃には、 むしろ一番眠たい真っ盛りとなってしまった。
そして、わいわい言いながら、壁の向こうにある宿帳に 記入しているであろう光景を、 布団の中で夢見ながらもごもごしていたのであった。
確かに、聞こえてくる声はしていたが、 男の声ばかりで女性の声がない。 ではやはり、ここに来るのは屈強な男ばかり なのであろうか(第1話参照)。 そう思うと、胸騒ぎで過ごした疲れがどっと出て、 吸い込まれるようにして眠ってしまったのだった。
はっと起きると、時計は午前10時半をさしていた。 こりゃ大変だと、服を無造作に着込んで、 居間の方を覗いてみると、居た。
確かに男だったが、屈強そうではない。 どちらかと言えば、温厚そうな顔立ちの禿頭だった。 これなら、私も少しは戦えそうだと思った。 何しろ、今までは論客が多くて、私とて一言二言 返したいわけであるのに、かなわず仕舞いだったのだ。 それだけ、相手が良識ある宇宙人とはいえ、 駆け引きというものが重要になるケースが、 多かったわけである。
私は、着衣の乱れを整えることもなく、 居間に入っていき、「やあ、いらっしやい」と言った。
彼は丸めがね越しに私を見ると、「おお、宿主さんですか。 私はヤドカリです」と微笑みながら言った。
やれやれ、また駄洒落か。この物語もまた、 その繰り返しになるに違いないと思いながらも、 「おお、ヤドカリさんですかー。私は、 ネアン・テルターロと申しまーす。 いやなに、本名は輝太郎なんですが、 前話で太郎にケチ付ける人がいたものですから、 テルターロにしたのでーす」
プラム:「おお、原人さんですか。これは珍しい」
私も駄洒落なのに、少しもそれと 受け取っている表情ではない。 そして、めがねを手で支えながら、 じろじろと私を見ているではないか。
私:「あの、いや、ネアンと付けたのはあなた方の お仲間ですし、テルターロの方は私が語呂が良いと思って 付けただけでして、そのおー、ニックネームを披露するのは あなたが初めてなんですよ」
プラム:「いやいや、あなたには、原人らしさが残っています。 私はこの地球の様々な種族をサンプリングして 回っているのですが、あなたの姿形は、 現存する地球人種離れをしています。 どちらかと言えば、原人種に近い」
私:「あ、あのー。つまらん冗談を言いました。 私はれっきとした現代青年であり・・・」
プラム:「これを見てください。ここには、私たちが サンプリングした、地中から見つけだした 原人の骨から再現した画像があります」 男は、アタッシュケースから手品師の手つきさながらに 写真をす早く取り出して、 ぱさっとテーブルに置いたではないか。
そこには、猫背で顎の突き出た男が写っていた。 ちょ、ちょっと待ってよね。 わたしゃ、こんなに猫背だったかなあー。
鏡は、自分の姿を見るのが怖いという某星人からの要請で、 この館のどこにも置いていなかったが、自分の寝室 ぐらいはロングミラーを用意しといたほうが良さそうだ。 仕事がら、猫背が身に付いてしまっていようとは。
私が、そんなわけはないんだがと 懇願するような目を彼に向けると、なおも男は 「ここまで似てるんですから、ねえー」と、 突き放すような言い草をしてくる。 ありゃー、これでは完全に劣勢に立たされてしまうがな。
そのとき、私はその写真からおかしな点を見つけた。 原人というのに、髪の毛がサンバラではなく、 リーゼント風にまとまっているではないか。 おまけに黄土色のスェットスーツみたいなのまで着込んでいる。 私の心は、小躍りした。
私:「あなたねえ、研究者とは聞いてますがね、 骨を集めただけで、髪形や着衣まで再現できてるって、 どこかおかしいんじゃないですか?」
彼は、禿頭の額にしわを寄せて、丸めがねの奥で 目をまん丸にして、おまけに口を半開きにしてまで、 驚いている風だった。してやったりだ。
プラム:「なるほど鋭い点をお突きになる、と言うより、 私の勇み足でしょう。手先の器用さが先走ってねえ。 サンプリングの時には威力を発揮するんですが、 ちょっと職務を外れると、やたら器用さを 誇りたくなって粗相をしてしまうんです」 と、ぺちっと自分の左手を叩いている。 やれやれ、何なのかね、この人。 とにかく、ペテンであることを指摘したことに、 私は自分の優位を見出したのだ。 このチャンスを逃がしてはならない。 あと2つ3つも畳みかけたら、落とせるに違いない。 心の中に、弱者を呑噬していく不良少年時代の 快感が湧いてくるのを覚えた。
私はポケットに手を突っ込んで、 彼の周りを少し歩き回った上で、 「創作芸術というものは、良いものですなあ」 と、一言。 さらに、心でにこにこしながら、 「私もこういう原人ルックは、好きだなあ」 とまで言えば、ついつい顔がほころんでしまう。
その間、この男は眉を寄せてうつむいていたが、 おもむろに向き直ってこう言った。
プラム:「仕方ありません。種明かしをしましょう。 私の船に来てください」
ついに落ちたか。ン、しかし、これは良い傾向ではあるが、 もしかすると、単に今あったことの記憶を消してしまう つもりかも知れない。それでは今までの苦労も水の泡だ。
私:「あのー、私の記憶を操作するようなことは ないでしょうね」
プラム:「大丈夫です。これから起こることに関して、 記憶は保証しましょう」
宇宙人に2言はないというのは、 宇宙連邦の罰則なきルールだという。 まあ、罰則がないということで少し頼りない気がするが、 この男の言葉は、天知る、地知る、我知る、だ。
中庭に出て見上げると、船は山の上の駐機領域に滞空して、 大地が出す無尽蔵のエネルギーを補給していた。 最近は、そのエネルギーの流れが自分でも 見えるようになったのか、あたかもタバコの煙が 空気清浄機に吸い込まれるような感じで登っているのが分かった。
プラム:「ああ、そうだ。私はプラム・xxxxと言います。 プラムと呼んでください」
私:「ヤドカリさんではなく、プラムさん? あ、そうか、私はそれで宿主か」
今頃気が付く私であった。
プラム:「船内には、あと二名乗っていますが、 みんな研究機関の一員です」
私:「あ、そうですか。それはそれは」
私たちは、例の光のエレベーターに乗って、 船へと吸い込まれていった。 船の種類は違うも、これで三回目の乗船だ。 感触はほとんど同じだった。 そして、船の中も大同小異だった。
まず、必ず強い光の部屋を通る。 たぶん殺菌でも行う部屋なのだろう。 そして、目的の部屋にそのままプラムに従って入った。 そこには別の一人の男が居た。 やはり禿頭だが、めがねはかけておらず、なんと眉毛がない。 目が切れ長で少しつり上がり、実に不気味である。 そうか、プラムも眉がないが、 めがねでカモフラージュされていたのだ。 こんな人たちだったら、何も挑戦的なこと 言わなかったのに・・・。
プラム:「ここに、サンプルが収められています」
壁はガラス様のものでできていて、 その向こうに細かく六角形に仕切られた空間があって、 まるで蜂の巣のようだ。 中にはそれぞれ異なる何かが収められていた。 プラムが部屋の中央部にある制御盤から、何かを打ち込むと、 不思議なことに壁の向こうの六角形の一つが青色に光り始め、 その部分のガラスだけがぽっかり開いた。
プラムは、不気味な男に指示すると、男は手袋をした手で 中から透明ケースを取り出してテーブルに置いた。 プラムは私にそれを覗くように指示して、 「これは、先ほどの原人の右大腿骨の一部です」と言った。
それは、確かに骨らしい形、色、そして、 土くれの付いたままの取り立てという感じで保存されていた。 私は、ただ頷くばかりであった。
私:「で、これで?」
プラム:「お分かりですね」
私:「はい、確かに骨はこれとして。 しかし、これだけですか?」
プラム:「そうです」
私は、プラムとしばらく視線を合わせていた。 これ以上追求するのは、やめたほうが無難という気がした。 だが、どうしても異議の言葉が口を突いて出てしまう。
私:「そこからあの画像が得られたんですか?」
プラムはついにめがねを取って、 横目で私をギロッと見たものだから、背筋がゾゾッとした。 向こうの男も、無表情にこちらを睨んでいる。万事休すか? ちょっとでも脅されたら、退散しよう。
プラム:「分かりました。お教えしましょう」
私:「あ、いや、あの・・」
拍子抜けだった。
別の男にサンプルのケースを持たせて、 プラムはさらに向こうの部屋に私を誘った。 部屋の中央には、大型のストレッチャーのようなものが 置かれていて、その上にソファーらしいものが敷いてあった。 ああこれぞ、誘拐された人が寝かされるという ベッドではないのか。 この上で、いろんな検査や施術が行われたことだろう。 それに関しては初めての経験になるが、 やはり私から何かをサンプリングして、 記憶を消して放り出すというようなことになるのだろうか。 心臓は早鐘のように鳴った。
プラム:「こちらへ」
来るように指示されたのは、その向こうの装置の方だった。 ラブソファーのような椅子にすわるように指示されたので、 そうすると、目の前に自動的に新聞紙大ほどのスクリーンが 上から降りてきて、ちょうど目の高さで制止した。
横では別の男が、先ほどの透明ケースを丸テーブルの上に、 向きを何度も確かめながら慎重に置いた。 男はテーブルの端にあった赤いボタンを押すと、 丸テーブルにフードが被さってきて、 やがてピンク色の光がそのケースを包んだ。
するとスクリーンに、なにやら画像が浮かび上がってきた。
見えてきたのは、若草色の空に薄くけぶった雲が たなびいている光景だった。 画面の右には、風を受けてそよぐ、緑葉茂る木の枝が ちらちら見え隠れした。
そのやや後、いきなり人の顔が画面に大きく現れた。 私は突然のことに、テレビ電話か何かと錯覚して、 ついお辞儀をしてしまった。
だが違った。その顔は、女の顔であるにせよ、 土着的で、いかにも原人といった感じで、 さも心配そうにこちらを見ているのだ。 そしてまた別の顔が、今度は逆さまに現れた。 私はやはりびっくりするも、事情をすぐに察知した。 このカメラのレンズは、空を向いているのだ。
別の顔は髪をリーゼント風にしているとはいえ、 土着民風の男の顔。そして、着ているものを見ると、 何と見せられた写真とそっくりだった。 そのうち、2つも3つも顔が覗き込むようになり、 中には子供と思われるものも入れ替わり立ち替わり、 方向がバラバラに現れた。 やがて、ひとしきり映像が揺れたかと思うと、 黄色みを帯びた画面にフェードアウトしていった。 スイッチが切られ、元のスクリーンに戻った。
プラム:「分かりましたか?」
私:「は?、何ですか、これは」
プラム:「この骨の持ち主が経験した、いまわの際の光景です」
私:「じゃ、これはこの骨が見ていた景色ですか?」
プラム:「いや、正確にはこの骨の持ち主が、 目で見ていた景色というわけです。 それも骨主の経験的に極近の情報です」
私には、訳が分からなくなった。 過去の遺物がどうして記憶しているのだ。 よしんばそれが可能としても、 これは目でも神経細胞でもないのだ。
私:「そ、そんな馬鹿な。 これが脳味噌だったらまだ分かりますよ。 骨でしょ。骨に何の記憶が在るんですか」
プラムはその質問に対し、しばらく考え込むようにした後、 私の肩に手を当ててきた。
プラム:「ま、いいじゃないですか。これは夢なんです。 あなたにとっては、物語に過ぎない。 その程度にとどめておいた方がいいのではないですか」
うん、それもそうだ。これぐらいにしといたほうが無難だ。 だが待てよ。せっかくここまで来たんじゃないか。 ここで引き下がったら、威圧負けすることになる。 この先、これ以上の場に立ち入れないぞ、 といった考えが走馬燈のように湧いてきた。 損得勘定だけだったかも知れないが、 やがて心の中で、反対意見が多数を占めた。
私は子供の頃、満たされないことがあると、 パニックを起こしてだだをこねる癖があった。 多勢に無勢、孤立無援の状況も影響してか、 何とそのとき、その頃の感情が湧いてきて、 顔がくしゃくしゃになったかと思うと、 「ウエーン」と一発やってしまったのだ。 これには、当人の私ですら驚きで、 本心がこの成り行きを、高見の見物している風になった。
2人の研究者はただ互いに顔を見合わせるばかりで、 手の施しようがないといった感じであった。 やや気の毒な感じがしたが、私はなおもひくひくやっていた。
そのとき、いきなり部屋の扉が開いて、 別の乗員が勢いよく入ってきた。なんと女性だ。 しかも、髪の長い美女で、ボデースーツのラインが 何とも言えない。さすがエーオース星である。 私は嗚咽しながらも、指の間から眺めていた。
女性:「何をやってるんですか。大きな子供を泣かしちゃって。 おお、よしよし、どうしたの?何か欲しいものでもあるの?」
私:「う、うん。おっぱ、いや、何だっけ。 ・・この人、教えてくれないんだよー」
そのとき、頭にパシッと平手が落ちた。
女性:「大の大人が、子供みたいにするんじゃないよ。 プラム、この人に納得がいくまで教えてやんなさい」
プラム:「はあ、しかし、大丈夫でしょうか」
女性:「人畜無害と聞いてます。 宿主の職務としては、余計な知識かも知れないけどね」
プラム:「はい。では」
女性は部屋をさっさと出ていった。私はこみ上げる笑いに 顔を引きつらせながら、もうしばらく芝居を続けた。 何という怖い奴であろうか。
プラム:「コホン。では、説明いたしましょう。 この骨は、全身の一部とは言いますが、全体の情報を 保有しているのです。たとえば、これをご覧なさい」
プラムは装置のテーブルの端にある緑のボタンを押した。 すると、フードの中は緑色の光が充満した。 と同時に、非常に薄ぼんやりした黄緑色の人の形が スクリーン上に出てきた。
ただ一カ所、右大腿部だけが、まぶしく光っている。 あ、これはキルリアン写真というものではないのか。
私:「似た現象をどこかで見たことがありますよ。 キルリアン効果とか言って、木の葉を半分に切っても、 全体がおぼろげながら出てくるというやつだ」
プラム:「観測方法によっては、 このような情報が得られるんです。 つまり、その物体が空間ばかりでなく、 時間軸方向にも居場所を占めていることによります」
私:「なるほど、これなら分かり易いや。 焦点をもっと合わせれば、服を着た人物像まで表せるんでしょ」
私は、期待を持ってそう聞いたつもりだったが、
プラム:「そこまではできません。この方法では。 ただ物の元あった形をかろうじて表せるだけです」
私:「じゃ、何か他にも在るんですか」
プラム:「はい」
プラムは装置のスイッチをいったん切ると、 今度は青いボタンを押した。 すると、フードの中にはコバルトブルーが充満し、 スクリーンにやがて出てきたものは、 見たこともない文字の羅列であった。 ミミズがはったような文字が、画面全体を覆い尽くした。
プラムはいつの間にか、私の左隣に座っていた。 そして、スクリーンの下にあるタッチパネルを、 目にも留まらぬ早業で叩きまくった。 同時に船内に何か異様な振動が伝わってきた。 ウォーンウォーンウォーンウォーン、と 何かエンジン系統が関わっているような音だ。 それとともに、画面のまん中に奇妙な「目」の形が現れた。 そして周囲の文字をかき回し始めたのだ。 そして程なく、「目」の中に、 回転する扇風機の羽根のようなものが認められた。
プラムは、その状態を確かめながら、 タッチパネルを、またもぱたぱたと叩いた。 すると、船内の振動が一層ひどくなったようだった。 もしかしたら船が発進しようとしているのではないかと思った。
私:「あのー。出発しようとしているんですか?」
プラムは画面を注視したまま、首を横に振った。 そしてまたも、ぱたぱたと叩き込んだ。 やがて「目」形がきれいになって、回転も鮮明となり、 4枚羽根となってちょうど制止したとき、 プラムがパネルをもう一叩きした。
すると画面が、どこかの田園風景を映し出したのだ。 風景はきょろきょろと変わる。 よほど下手なカメラマンらしく、 見ていると目を回しそうになる。
私:「こりゃいったい何ですか?素人っぽい撮影の仕方だなあ」
プラム:「これは、この骨の持ち主の観測した時空です。 画面の下に、生存期間の絶対時間が出ていますでしょ。 そのうちのまん中あたりが、今表示されています。 つまり、壮年期というわけです」
私:「何で?何でこんなことできるの?これって作り物?」
プラム:「いいえ。骨が記憶している個人情報によって、 記憶領域から該当個所を索引してきたのです。 その情報量はあまりに大きいため、 一回当たりにダウンロードできるのは、 1個人分がやっとです。 我々は、こうしてサンプルの生活環境をあったままに調べて、 必要箇所だけをピックアップしてデーターにするのです」
私:「しかし、その記憶とはどこにあるの? ダウンロードとは?インターネットでもやってるの?」
プラム:「記憶を管理貯蔵する場所があります」
私:「えー?」
そのときだ。画面はいつしか、骨の持ち主が 女性と仲良さそうに連れ立っている光景を映していて、 やがて二人は藪の陰に入っていこうとしていた。
私:「ちょ、ちょっと待って」
二人は藪の中の落ち着きの良さそうなところに腰をかけた。 そして、画面には女性の顔がクローズアップされてきた。 こ、これはもしかして。
そのとき、画面が複雑にぶれた。うわっ。これは激しいぞ。 と思ったのは間違いで、プラムが勝手に絶対時間のバーを 鉛筆のようなものでなぞって、 時間を先に進めていたのだ。 ちょうど、ビデオの早送りよろしく、 コマがむちゃくちゃに飛んでいたわけである。
そしてプラムは、バーの最後のところに ペン先を持ってきて、放した。 すると、それは若草色の空にときおり 木の枝がちらつく、見たことのある光景となった。 そこにやがて、女の顔がバーンと出てきて、 リーゼント男の顔がよぎり、子供達が四方八方から覗いて、 さらに黄色の画面にフェードアウトして終わった。
私:「分かりましたよお。ああ、よく分かりました。 それで、データーとして集めたのは、この部分なわけですね。 さっきの壮年期の部分もデーターとして保存したんですか?」
プラム:「いいえ。このサンプルの必要部分は最後だけです」
私:「そんなことないでしょ。壮年期も取っておけば 当時の生活様式が分かるじゃないですか?」
プラム:「それもそうですが、我々としては、 この当時の大気の環境を知ることが重要であるために、 この部分にとどめたのです。 我々は、惑星大気観測チームで、 この船のサンプルを他の10チームと共用しているので、 あなたのおっしゃることも分かります。 1サンプルに含まれる重要情報は無数にあり、 他チームがニーズに応じて、改めてダウンロードして ピックアップすることになるでしょうね」
私:「でもね、そういうのはね、 無駄の積み重ねというもんなんですよ。 このためにどれほどかエネルギーを費やしてるんでしょ? それをするなら、一回のダウンロードを元に、 全てのチームが寄り集まって、 一斉にやってしまえばいいじゃないですか。 縦割りの専門化はダメですよ。 みんなで情報交換しあって、総合的にやれば、 もっと分かってくることだってあるんですよ」
プラム:「なるほど。良いご意見です。我々も、 制度やスペースの都合でこうせざるを得ない面があり、 また専門的に掘り下げていかねばならない事情もあります。 しかし、忌憚ない意見が部外からあったとして、 本部に伝えましょう。 こうした意見が反映されることはよくあります」
私としては、目的が異なる抗議だったのだが、 成り行きがこうなってしまえば仕方ない、 ヒーローのままでいようと思った。
私:「そう?少しは役に立ったかな。ピーポー」
つい口笛を吹いてしまった。
こうして私にも事情が理解できたことによって、無事 船外にお引き取りということになってしまったのだった。 つまりフィニッシュは、私が自己満足した時点に、 完全とは言えぬ形で迎えることとなった。
光の柱で中庭に下ろされたとき、 そこは吹きなぐりの大雨だった。 早くも台風の暴風圏に入っていたのだ。 私はびしょぬれになってはじめて、 粘りが足りなかったことに気付いた。 宇宙船はと見ると、人為暴風を避けるかのように、 補給もそこそこにして、いずこともなく去っていた。
振り返れば、この成り行きの中で、 またもいくつかの謎を抱えた自分を見出す。 あの女性はチームの上司なのだろうか。 ならば、キャリアウーマンとして今までやってきた のだろうか。とにかく分からないことばかりだ。 今回懲りたとしても、任務のためとあらば、 またやってこざるを得ないはず。 そのときこそ、いろいろ質問を浴びせるチャンスとなるだろう。
謎は謎を呼び、尽きることがない。 まあ、良いではないか。 これはまだほんの序曲に過ぎないのだ。
設定しました。ナンセンスとバーチャルになじむ輩の 精神的不安定さが出ていますかね。
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