物語 |
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作/奥人
19XX年9月3日、 山上の館へのエーオース星の逗留予定が入っていた。 私は会社に事前に休みを入れ、どんなメンバーが来るのか分からないが、 期待感を持って朝から館に入り、居間でテレビを見て待機していた。
午前7時20分だった。テレビ画面が激しくぶれて、ノイズ画面となった。 どうやら、やってきたようだ。 もう少しすると、場合によっては電気が切れたり、 ヒューズが飛んだりすることもある。 それで私はスイッチを元から切った。
中庭に出てみると、山上の駐機領域に、前に見たことのある 宇宙船が、位置を確認するようにゆっくりと停止した。 プラムが乗っていたのと同型機だ。
見ていると、いつものように船から 一条の光の帯が下りてきた。 ご一行さんの到着である。 光の帯から出てきたのは、また何と金髪女性を先頭にして、 後ろに2人の随行員を伴っている。 随行者はと見ると、一人は黒髪の女性、もう一人は 白髪の男性だ。どうやらプラム達とは違う研究者達らしい。
ジャコバ:「やあ、また来たわよ」
おや、そういえば、金髪の女性はプラムの上司ではないか。 近視の眼でようやく見えたのは5メートルほどに近付いてからだった。 以前はピンクのボデースーツだったが、今回はグリーン。 色が違っているだけで、イメージが違って見える。
私:「あ、どうも、いらっしゃーい」
ジャコバ:「ふん、あいかわらずね。前には言わなかったけど、 私はジャコバというの。研究チーム全体の副統括チーフ。 こちらがヒガンバ、こちらがソテツ、どちらも生物研究員よ。 前には、プラムがいろいろお世話になったわねえ。 今彼は実家に帰って、ふさぎ込んでるわ」
私:「え?私が何かしましたか?」
ジャコバ:「いいえ、あなたが何かしたと言うんじゃなくて、 もといた大気観測チームが閑職だったから、 今度、地球人観察のほうに配属されるということになって、 それで悩んでいるのよ」
私:「とすると、地球人が苦手になったんだ。やっぱりねえ。 配属を辞退できないんですか」
ジャコバ:「たいていは断れないでしょう。 その節はまたお手柔らかにお願いしとくわね」
私:「はいはい、もちろんです」
ジャコバ:「今日は6スカン(約5時間)のエネルギー充填をします。 私たちはサインを終わったら船に戻って、研究の整理をするけど、 ヒガンバはまだ新米だから、若干の作業が終われば、 あなたの話し相手になってくれるでしょう」
見ると、ヒガンバは背が低く東洋人風で、 今の時代の逆三角美人とは違い、顔が順三角で、 平安朝の宮廷人のような感じだった。 微笑み返してくれた表情に愛嬌がある。
宿帳のサインが済んで、ジャコバとソテツは船に戻っていった。 ヒガンバは、奇妙な箱を手にしていて、 中庭のまん中に持っていくとそれを地面に置いた。 何をするのかと思い、私はその場に近づいた。 ヒガンバはそれに気付き、
ヒガンバ:「待って。それ以上近寄らないで」 と、持っていた棒のようなもので、 砂地の地面に直径3メートルほどの結界の円を描いた。 穏やかな表情にしては、手厳しい。
ヒガンバ:「ここから入っちゃダメ」
私:「し、しかし、どうしてまたー」
ヒガンバ:「危険なんです」
私:「でもあなたは中にいるじゃない。 危険と言えば、あなたも同じでしょ?」
ヒガンバ:「私は慣れてるからいいのよ」
そう言うと、彼女は箱の蓋を開けたのだ。 すると出てくるわ出てくるわ、次から次と蠅やアブが飛び出してくる。 私はそれを見て、てっきり新生物の種をばらまいているのかと思った。
私:「ま、待ってよ。それは一体何? それは君たちが作った新生物?」 と、いつしか円の中に踏み込んでしまった。 すると、アブが何十匹も私の目の前をはじめ、 周りじゅうを取り囲んだのだ。
私:「わあー、これはどうしたこと?」
ヒガンバ:「そのままゆっくりと、円の外へ出て!!」
私は後ずさりしたが、目のすぐ横にいた奴がいかにも危険そう だったので、少し離れたと見た瞬間に、思わず右手ではたいた。 すると手はむなしく空を切ったと同時に、 アブは私の鼻の上に止まったのだ。
私:「ギャー」 私は円の外にのけぞって倒れ出た。 したたか後頭部を地面で打ったが、アブはまだ鼻の上だ。 「ひやー」と手で払いのけると、アブはとれて ころころと地面を転がっていった。
ヒガンバ:「円の外へ出たから、動かなくなったのよ。 拾ってみてご覧」
私は、心臓が飛び出しそうだったが、 転がったアブをそっと拾ってみた。 見ると、アブのような格好をしてはいるが、 羽根がない。裏返してみると、足がない。 やや重みのある機械なのだ。
私:「こ、これは、機械仕掛けの新生物?」
ヒガンバ:「少なくとも、地球に住まわせるための 新生物じゃないわね。それは生態系探査機で、 データーや標本の収集を行う有能な機械船なの」
あの円を上空に延長した中で、音も立てずに飛び交っている 何十匹ものアブ型機械船があった。 それぞれが動いては静止、動いては静止を繰り返していて、 動きはさながらアブであった。
ヒガンバが、円を消し始めた。 すると、その消されたところに裂け目ができたかのように、 勢いよくアブ達は飛び出していき、 視界からあっという間に姿を消してしまった。
私:「一体、何をしに行ったんですか?」
ヒガンバ:「プログラムされている、 それぞれの役割を果たしに行ったの」
私:「あれも魂を持ってるんですか?」
ヒガンバ:「もちろん」
私:「あなたの仕事はもう終わりですか」
ヒガンバ:「話がいきなり飛ぶわね。 プラムが困惑するのも無理ないね」
私:「はあ、次々と気分が変わるんです。 目先が変わるというか。でも目的は一貫してまして」
ヒガンバ:「何なの?」
私:「プラムをからかってやろうと・・」
ヒガンバ:「そうなの。でもちゃんと教えてくれてよかった。 私たちはね、科学は進んでいるけど、精神は純粋なのよ。 地球でよく行われる策略とかいうのに慣れてないのね。 だから、プラムは地球人というものがよく分からなくなって、 仕事に就きたくなくなったってわけ」
私:「でも、プラムはけっこう タイで張り合ってきましたけどね」
ヒガンバ:「プラムは、あまり喜んでやってなかったでしょ」
私:「そんな感じでした」
ヒガンバ:「そうか。あなたには、プラムの気持ちが分かるわけだ。 だったら問題ないよ。 とりつく島のないほど理性がないというわけじゃないんだから。 でも、それは地球人の一般的な性格なのかな」
私:「こうした性格の奴はけっこう居ますよ。 全てが全てじゃないけど。 そのおかげで、真面目な人が辛い目に遭ってますね」
ヒガンバ:「あっそう。真面目な人もいると。 彼らが困っていること、あなた自身もよく分かってるわけだ。 で、あなたは悪かったと思ってるわけね」
私は渋々ながら、頭を縦に振った。
ヒガンバ:「そう、安心したわ。よし、行こう。 あなた暇なんでしょ。家の中を全部見せてよ」
私:「はいはい」(なんとあっさりした成り行き。 先が長いのでご容赦。ニコッ)
こうして私は、テレビの置いてある居間や、 朝飯後の汚れた食器がむき出しの台所、 そして布団が床に吹っ飛んだままの寝室を案内して回った。
台所を見せるのは非常に気が引けたが、 ヒガンバがぜひ見せてくれと言うので、やむなくそうしたのだ。 しかし、ヒガンバは、少しも嫌悪している様子はなく、 私が遅まきながら洗おうとするのを手伝おうとまでした。 次に寝室も見たいというときには、 ええいどうでもいいやという感じだったが、 何と吹っ飛んだ布団を、ちゃんとベッドの上に掛けてくれたのだ。 私は、何か幸せな気分になった。 ヒガンバ、一体この人は何なのだろう。その思いが、 一体私にとって何なのだろうに取って代わりつつあった。
私:「あ、あなたの星でも、ベッドはあるんですか?」
ヒガンバ:「ないわよ」
私:「でも、こんな風にしつらえることを なぜ知っているんです?・・」 と、ベッドを中にして顔と顔が接近して 向き合うような状態になっていたことから、 次の瞬間、私は衝動的に唇をとんがらかして、 接吻とやらをやらかしかけてしまったのだ。
その光景をスナップ写真にすればおそらく、 おかめとひょっとこさながらであったに違いない。 しかし、そのまれにみる瞬間は、私の口を押さえる ヒガンバの手によって、みじんにも消え去った。
ヒガンバ:「私は、ベッドの整え方ぐらい、 地球人をシミュレーションして知っているのよ」
私:「そ、そんなぁ」
ヒガンバ:「じゃ、今度は私が案内する番ね。船の方に行きましょう」
私:「そんなぁ・・」
宇宙船に行けば、またジャコバが見張っているに違いない。 気分は落ち着かないが、まあこれも仕方ないかと、 ヒガンバに従った。
船内は、プラムの時と同じだった。そうなのだ。 この船は、各チーム持ち回りで運航されているのだ。 今回は生物研究チームというわけだった。
ヒガンバ:「船内を全部案内したいんだけど、 管制室だけはダメなの。 この研究室の中のものなら何でも見て、 質問してもらっていいし、そうだ、 研究内容の一端を見てもらってもいいな」
私は、見て回るうち、第2研究室の隣に置いてある 大きいストレッチャーについて聞いてみた。
ヒガンバ:「これはね、検体を手術する手術台よ」
私:「じゃあ誘拐された人などがここで・・」
ヒガンバ:「そういう場合もあったわね。あなたもどう? 健康状態見てあげるよ」
私:「ブルル。け、けっこうです」
私は部屋のそれぞれにそんなに興味があったわけではなく、 むしろヒガンバが説明中に見せるユニークな表情に興味があった。 笑うと、一層頬が膨らんで、おむすび型になるのだ。 そのたびに私も笑顔になった。
ヒガンバ:「それじゃあ、そこに座って」
私が座るように指示されたのは、 前回プラムに指示されたあのソファーだ。
私:「前にここで、原人のいまわの際(きわ)を見ました」
ヒガンバ:「そうなの。私も彼の調査をしたことあるよ。 素敵な人たちだったね。 もし未開の地に生まれるなら、あんなところに生まれたいね」
私:「えー。そんなに良かったんですか?」
ヒガンバ:「うん?そうだったでしょ。 だって、山や森や草原で自由にのびのび暮らしていたし、 生き物の中の一番の知恵者として、 生き物たちを指導して、平和に暮らす道を教えていたんだから。 それに野山には生きていくに必要なだけの食べ物があったし」
私:「そんなの見なかったなあ。 ぼくが見たのは、えーとあれと、あのいまわの際のシーンだけだ」
ヒガンバ:「じゃあ、あの人のいまわの際に、 家族だけじゃなく、丘の麓に彼の世話になった リスやオオカミや豹といった動物達が集まって歌を歌い、 別れを惜しんでいたのは見ているの?」
私:「えーっ、そんなの見なかったよ」
ヒガンバ:「彼はひとり旅に出る。夕日の目指す方角へ。 鐘は鳴り、鳥は歌う。空は青く、風は笛を奏でる。 彼は帰っていく。紫雲たなびくふるさとへ・・と歌ってたわ」
私:「動物が?」
ヒガンバ:「そう」
私:「しーんじられねーぇよ・・」 と、言い終わらぬうちに、頭をピシャッとはたかれてしまった。
ヒガンバ:「まともに見てなかったんだね。 そりゃそうか。時間がかかるもんね。 じゃあ、今度は腰落ち着けて、比較的短いのを見てもらおうか」
ヒガンバは右にはめていた腕時計を触った瞬間、 隣室から突然アブがヒューッと飛んできて、 検体テーブルの上空で制止した。 そして、頭の部分がパカッと開くと、 そこから小さな何かがポトンと、 テーブルの上に落ちた。 よく見ると、アカイエカではないか。
ヒガンバ:「これはね、今し方この探査船が捕まえてきた検体なの」
見れば、蚊はまだ少し意識があるのか、 2本の足を小刻みに動かしていた。
ヒガンバは、左手の中指をパチッと鳴らすと、 アブはスーッと元来た方向に去っていった。 そしてテーブルの青色のボタンを押すと、 上からフードが降りてきて、今し方の蚊に対して、 ブルーの光線が照射された。 と同時に、私の前にはスクリーンが降りてきて、 すでに奇妙な文字群がびっしりと表示されていた。
私:「これは一体なんですか?」
ヒガンバ:「検体の基本的個体情報よ。 遺伝子、生没の絶対座標といった、検体を特定する基礎データー」
私:「ここにもしかしたら、蚊の一生が記録されているとか?」
ヒガンバ:「察しはいいわね。 だけど、今はそこまで分かっていないの」 と、ヒガンバは私の左横に座ってきた。 ソファーは3人掛けの余地はあったが、 私はわざとまん中から左にいざっていた。 オペレーションが次にあることは、プラムの時で分かっていたからだ。
私:「こ、この後、変な目が出て来るんでしょ」 と、ヒガンバの方を向くと、すぐ横におむすびがあり、 自然と、話し言葉と共に、 口がまたひょっとこのように歪んでいった。
ヒガンバ:「変な口が出てくるみたい」 左からぐいっと押されて、私はソファーの右端まで 滑ってしまった。女性の割にはえらい力で、どうやら 事前に分かっていたようだ。ずいぶん人間観察ができている。
ヒガンバは、何もなかったようにパタパタとタッチパネルを叩いた。 スクリーンには、あの目型が出現し、 エンジン音がウォンウォンと聞こえると、 目の中にやがて回転羽根が現れ、4枚に落ち着くや、 スクリーンの場面は変わって映像が映し出された。
私:「うわ、何だこりゃ」
それは映像と言えるものではない。 白黒で、ぼやけた影のような何かが、 画面の左右をゆっくりと動いているだけだ。 ピンボケなのか?
ヒガンバ:「これは、この蚊が経験したボウフラ期みたいね。 この情景は、この蚊が自分の目で見たそのものなの」
私:「えーっ」
ヒガンバは、スクリーン下の絶対表示のところを、 棒で右になぞった。 表示は細いバーで示されているが、途中から色が変わっていた。 その色の変わり目までインジケーターを移動して棒を放したのだ。
スクリーンに映ったものは様相を変えていた。 色は白黒でしかないが、形が鮮明なのだ。 ものの輪郭がはっきり出ている。 目の前にあるもの、それは大きな円柱だが、 どうやら一本の藁のようだ。しばらく見ていると、 蚊が水辺の枯れ草の茎に掴まっているのだと分かった。
私:「ああ、これは蚊がつい最近、 オニ(サナギ)ボウフラから羽化したところのようだ」
ヒガンバ:「分かるわけね?」
私:「だいたいの予備知識と照らし合わせますとね」
ヒガンバ:「これはまだ、この蚊が目で見ているだけの 情報なんだけど、他の情報を表示することもできるのよ。 たとえば、エレメント6と8」
パタパタとタッチパネルが叩かれた。 すると、白黒の画面に薄緑と桃色の色彩が加わってきた。
ヒガンバ:「緑が温度、桃色が炭酸ガス濃度。 それらは蚊独特の感覚器の観測結果なんだけど、 スクリーンには便宜的に色表示しているのよ。 私たちの認識の仕組みに合わせるためにね」
私:「これ以外の情報というのもあるんですか?」
ヒガンバ:「まだ20個ほどあるよ。 ほら、パネルに明滅しているランプが20個ほどあるでしょ。 このそれぞれが、この蚊の保有する情報なわけ。 でも、スクリーン表示できるのは今の3つぐらいね」
スクリーンには、依然としてほとんど動きのない、 蚊の見ているという景色が映し出されていた。
私:「確かにすごい装置だけど、 これを見て研究するだけというなら、退屈なもんだなあ」
ヒガンバ:「退屈だって?じゃあね、わたしのサービスを もう一つグレードアップしようか」
私:「えーっ、サービスって、ど、どんなー?」
私は突然の思いも寄らぬ申し出に色めき立った。
ヒガンバ:「これよ」 そう言うと同時に、真上から妙なものが降りてきて、 私の頭に覆い被さろうとした。 私はびっくりして、咄嗟に逃げようとしたが、 バキューム管に吸い付けられるようにして、 大きな潜水帽のようなものに頭全体がしっかり覆われてしまったのだ。 それは昔の虚無僧が被る深編み笠のような感じでもある。
私:「わー、こりゃ何だよお。 まさか僕の記憶を消そうなんてことはしないだろ? それとも僕を改造しようってこと?」
ヒガンバ:「そうねー。あなたなら、根本的に改造しても良いわね。 私の言うことなら、何でも聞くようにね」
私:「そ、そんなー、しゅ、趣味の悪いー」
前方の視界がまったく得られないため、 被り物を外そうと両手を延ばしたとたん、 ゴム糊のようなものが、肩、腕、胴、足と覆ってきて、 両手の自由はおろか、全身さえも動かせなくなった。 何が起きたのか、見えはしない。 口だけが叫び声を上げ続けていた。
その口も、次の瞬間には、自由が利かなくなった。 すぐに耳も聞こえず、 自分が息をしているのかさえ分からなくなった。 私は、ミイラにされてしまったのだろうか。
恐るべき科学技術であった。 人間としては対等につきあえたとしても、 このカルチャーショックには、よほどノー天気な者でなくては、 立ち向かえるものではない。 私はこのままでは本当に改造されるに違いないと思ったし、 紛れもなく、その改造が行われようとしていたのだ。
ネアン、危うし。危うし、ネアン。
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