物語





   天上人の宴 ・・・ 第二話 船魂の怪奇


          作/奥人




あれから何回、天上人の滞在に立ち会ってきたことだろう。

19xx年6月13日、私は休日であったこともあり、

午後一番から山上の館に行った。

上空には、1機のやや大きめの宇宙船が停まっており、

中庭には、直径15mほどの亀甲型の船が着陸していて、

中庭を占拠したような格好になっていた。


居間に入っていくと、この日の予定表どおり、そこには

アルデバラン第8惑星のチャービルとセージがあぐらを

かいて、畳に直置きの14インチのテレビを見ていた。

ちょうどタモリのバラエティー番組がかかっており、

彼らはそれに夢中だった。

調査になるのか、それとも単なる娯楽かは知れないが、

こうした光景を見ると、何故かほっとしてしまう。


私:「やあ、いらっしゃい」


チャービル:「おお、来たか。宿帳のほうは、もうサインしといたぞ」


私:「もう一組の御一行さんは?」


セージ:「ああ、あれは整備士さんたちの船でね、

宇宙を駆け巡っているんだが、我々の航路とは

このオアシス付近で近づくことになっていたので、

予約していたんだ。彼らも、もう宿帳には記入している」


私:「テレビ、面白そうですね」


チャービル:「そうだ。これはいいぞ。任務は気を張ることが多いから、

こういう目先の変わったのは、気晴らしになって丁度いい。

それよか、どうなんだ、そっちの景気の具合は、よお」


私:「だめですよ。ぜんぜんだめ。

今、どうしようかって、困ってる」


チャービル:「そんなかんじだな。気の毒なこった。

社会システムもそうだが、

この星だけが随分と立ち遅れちまったもんな」


私:「どんな風にすれば良くなるのかねえ?」


チャービル:「そんなこと知ったことか。

自分たちのことは自分たちで解決する。

それがこの宇宙の鉄則だ」


セージ:「チャービルよお、なにもそこまで言うことないよ。

ネアン。いつかは分かる。きっと分かるようになる」


チャービル:「そんなこと言って、あんまり気を持たせてやんなよ。

たいして頭が良いとは思えないし、

こいつ一人が理解したって、何の役にもたたんだろ。

そうか。だからこそ、教えても人畜無害ってことか」


私:「人ごとだと思って・・。あのう、私は別に知りたい

とは思わないし、知ったとて活用の道なんか知らんです。

私はただ本業で飯を食べている合間に、

こんなところで奉仕させられてるだけなんですよ」


チャービル:「ま、いいじゃないか。その奉仕精神というのが大切なんだ」


私:「まったく。何言ってるんですよ」


そのとき、扉を開ける物音がして、

分厚い皮つなぎを着た男が一人入ってきた。


整備士:「終わったよ」


チャービル:「どうだった。俺の愛機の具合はよお」


整備士:「うん。なかなかいいよ」


チャービル:「精神的なほうも問題ないのか」


整備士:「大丈夫。充実してるようだ」


チャービル:「それはよかった。じゃあ、次回は、1スポロンの後だな。

またその頃、最寄りのカスタマーシップに頼むとしよう」

(1スポロンは地球時間で、約0.8年)


整備士:「それで大丈夫と思う。じゃ、これにサインを頼む」


整備士は、この館の主の私に一瞥をくれることもなく、

サインが書かれたものを受け取ると、

のっさのっさと中庭に出て、

上空からの光の柱に乗って去っていった。

私は、先程ふと気になったことを思い出した。


私:「さっき精神的なほうも大丈夫かと言ってたけど、

何なんです?」


チャービル:「ああ、それはな、船にも魂が宿っていて、その魂から

発する情動が正常域にあるかどうかということだ」


私:「魂とは?霊魂のこと?」


チャービル:「霊魂だって?うわっ、いきなり恐いこと言うなよ。

いろいろ思い悩む心を持ってるといったほうが適切だろうな。

こいつだって、元はといえば、馬だったんだ。

それなりの恋もしただろうし、理想もあっただろう」


私はそれを聞いて仰天した。


私:「な、何?それじゃあ、馬の生まれかわりが、宇宙船になったってー?」


私が大声を出して突拍子もないことを聞いたせいか、

チャービルは右手であばよの仕草をすると、

テレビに見入ってしまった。

それに代わって、セージがこっちを向いた。


セージ:「生まれかわりじゃないよ。スカウトされたんだ。

そうか、あんたが知るわけないもんな。

だが、今後のこともあるから、知っといたほうがいいな。

どうだ、チャービル」


するとチャービルは二度ほどうなずいて立ち上がり、

「ついて来いよ」と、私を宇宙船のところに伴った。


宇宙船は、決して馬の格好をしているわけではない。

ちょうど、亀のこうらのような小型船だ。

亀がスカウトされたというなら、分かる気もするが。


チャービル:「おお、アオよ。整備にうめこと見てもらえたんだろな。

おめもおとなしいで、

文句さ一つ言わずにいたんでねだろな」


私:「アオ?それなに」


チャービル:「こいつの名前じゃないか。あ、そうか、

こいつの馬の時代の名前だったな」


私:「じゃ、日本の馬?」


チャービル:「どこからスカウトされたんだっけか。

俺はそこまで知らないなあ」


私:「名前が日本風ですよ。それも、純日本風」


話は、知らない者同志がするようなやり取りとなった。


チャービルは、宇宙船の正面とおぼしきところに回り、

洗面器ほどの突起部分をなでながら、語りかけた。


チャービル:「おめえ、日本から来ただか」


アオ:「ブヒン、ブヒン」


チャービル:「どうやら、そうらしいべな」


私は、わが耳を疑った。

宇宙船が口を聞いたとは思わないが、

エンジンの回転数を故意に操作して、

馬の鼻息のような音を出してみせたのだ。

そして、チャービルの言葉が幾分なまった

ような気がしたのは、気のせいか。


私:「あのう、少し翻訳機の出す言葉が

なまったように思うんですが」


チャービル:「翻訳機は、話す相手の心情にあわせて、

ちゃんとどこの国の言葉にでも訳せるようになっている」


なるほど、彼はそのとき馬に主点を置いて話していた。

馬にとって心地好いであろう言葉が、

そのままこの翻訳機から出てきたに違いない。

つまり、馬の、いや、アオなる宇宙船の魂の出自は、

日本でもおよそあのあたりになるか。


私自身もしっかりしていないと、これから先、

ついていけない気がするのだった。


私:「スカウトというのは、どんなふうにして?」


チャービル:「そりゃ、最初は強引なもんだ。

多分こいつなら、どこか野原でも走っていたんだろうが、

そこにスカウトシップが来て、催眠光線をかけて動けなくするだろ。

そして、船の中に吸い上げて、そこでいろいろ調べる」


私の脳裏に、キャトルミュチレーションという、

家畜が屠殺される怖い光景がよぎった。

そこで、精一杯当たり障りのないように、聞いてみた。


私:「血液型を調べたり、いろいろな研究のために

ナニするんでしょ?」


チャービル:「いいや違うよ。まず、心情調査を始めるんだ」


私:「この馬の血統はどうかとか、良い子孫を残せそうだとか?」


チャービル:「違う。それは身上調査だろ。心情、つまり、心」


私:「は?」


チャービル:「馬の心根が品行方正かどうか、

性格が荒かったり、短絡的でないかどうかだよ。

もしそんなことだったら、宇宙船の気分が不安定で、

俺達のほうが心配でたまらんだろ?

それをパスすれば、今度は馬の希望を聞く」


私:「馬の希望?ウップ」


私は思わず吹き出し加減にそう言ったので、

チャービルは不機嫌な顔になった。


チャービル:「なんでおかしいんだ?

馬にだって、自分の希望も理想もあるわさ。

牛や馬みたいにコキ使ってへたばれば、

後はポイみたいなことはしないよ」


牛や馬みたいに?なんて馬鹿な表現をするんだろ。

これも翻訳機が、「親切。地域性重視。分かり易く」を

モットーにしているゆえの弱点かと思った。


チャービル:「なにをニタニタしてるんだよ。ようは馬だって、

しかるべくしてその経験を踏んでいる魂なんだから、

幸せを求める気持ちに変わりはないだろ。

だから、本人の希望をまず聞く。

野原を走りまわる代わりに、

空を飛んで、時には宇宙をかけ巡りたくないかって。

すると、中には、ここがいいと言うものも居れば、

いや実はここでは不満足なんだ、

一つどうだろう、引っ込み思案な僕なんだけど、

やらせてもらえないだろうかと言うものも居る」


私:「そこまで飾りをつけて物を言う馬も居るんですか」


チャービル:「そりゃそうだ。皆、感情を持ちあわせているんだからさ。

厚顔無知なのも居れば、おしとやかなのも居る。

それゆえ、魂の資質が物事や任務を決める際の

基本として据えられているんだよ」


私:「はー」


チャービル:「なあ、アオよ。おめえは素直な馬っこだったべな」


アオ:「ブヒン、ブヒン」


とても聞いてはおれなかった。

私は、宇宙船になることを承知した馬の

たどる運命についても聞いてみた。


チャービル:「そりゃ、馬としての命はそこで終わるんだ。

だから、体は必要ない。

死体になった馬は地上に落とされて、土に戻る」


私:「変なところが切り取られたりして、地面に転がってるんですよ」


チャービル:「ああ、それは、魂が主として根拠にしていた臓器だ。

それを取れば、魂はひとりでに着いてくる。

それをできあがった宇宙船の心臓部に持って行って

処理をすれば、できあがりだ」


何気なく聞いていればたいしたことないようだが、

深く考えれば、ぞっとする話しだ。

何か言い知れぬ不快感が伴った。


私:「そんな風にして生まれた新しい船なんだから、

もうちょっといい名前にしてやったらどうなんですか。

ペガサスといった風にでも」


チャービル:「なに言ってるんだ。さっきから俺は何を話してる?

魂の個性を重視してるってことだ。

こいつがアオにしてくれというから、そうなったんじゃないか。

なあ、アオよ」


アオ:「ブヒン、ブヒン」


まただ。はいはい、分かりました。


チャービル:「そりゃ、こいつが、もっと高尚な名前にしてくれ、

というならそれにしてやるさ。

だが、俺はアオのほうが最高だと思う」


アオ:「ブヒン、ブヒン」


そこで、私ははっと気が付いた。

もしかして今、アオは反対意見を唱えたのかも知れない、と。


私:「もしかして、この船、

ブヒンブヒンしか言えないんじゃないですか?」


チャービル:「いいや、そんなことない。おい、アオよ。

おめ、いやなときどさ言うかやってみんべ」


アオ:「ブヒッ、ブヒヒッ、バフッ、ブルル」


船体が、単気筒エンジンの回転ムラさながらに揺れた。

なるほど、よく分かりました。ハイハイ。

私は、顔を曇らせながら、何度もうなずいた。


チャービル:「俺達は、どこかの政府のように、人が反対唱えてるのに

賛成してるようにでっち上げたりはしない。ほんとに、もう」


私:「分かりましたです。ハイ」


しかし、なぜここまで苦労してまで、魂の導入が

必要なのだろう。相手が機械だあるのみならば、

従順で、操縦士の思うとおりにできるだろうに。

私は、その辺を聞いてみた。


チャービル:「それはだな、第一に、学習するということが

宇宙船にも必要ということ。

第二に、航路に対する直観的な予知、

予測ということが必要な場合が多いということ。

第三に、環境にやさしい船であらせるために、

あえて配属先の生き物を起用しているということ。

第四に・・・・・」


いくつもいくつもその理由が語られていったが、

後のものは専門的になって、とうとう理解できなかった。

初めの三つについて、彫り下げてみたく思った。


私:「あのー、学習というのは、機械にもできますよ。

ソフトを工夫しさえすれば。

実際に、人工知能や学習知能がありますもん」


チャービル:「そら、そうでしょね。

しかし、下手したらそれはいつか魂を持っちまうもんね。

ようは機械の回路や動作手順が、

魂を繋ぐ性質のある特別なパターンを持ったとき、

魂はどこからかやってきて繋がって、

学習能力は飛躍的に向上するようになる。

地球上の超大型コンピューターは、

もうすぐそのキーパターンを獲得しそうだな」

(これは作者の新ネタの仮説でマユツバモノです)


チャービル:「だが、怖いぞ。魂を用意して持ってこなかったら、

どんなのがくっつくか分からんからな。

変なのがくっついたら、とんでもないことになることもある」


私:「突然、ボンッとか?」


チャービル:「そう。ボンと正月が一緒に来たようにして、

万事休すってこともな。

だから、心して選びぬくのよ」


私:「(まあ、何でもやってーな)

じゃあ、3番目の環境にやさしいというのは?」


チャービル:「統計的データーから得られた結論だが、

主たる任地で調達された魂というのは、

そこで生きるものの実情をよく理解しているためか、

有害電磁波や放射能などの発散を、劇的に低減させるんだ。

つまり、生物的心情的配慮というもんかも知れないな」


私:「な、なんと」


チャービル:「これがよその出身者だったなら、地上に降り立った際に

放射能を付近にばらまいたり、火災を起こしたり、

電磁撹乱を起こしたりする。

こんなやつの時に、戦闘機がスクランブルなどしていったら、

スクランブルエッグにされるだろな。

あ、いいもの思いだしちゃった。後で作ってもらえんかな。

コーヒーも付けて。あの味が忘れられん。なっ、な」


私:「はいはい、いいですよ」


チャービル:「そのかわり、いいこと教えてやろう。ホントは秘密なんだが。

問題点として、生き物だったものの魂を起用した場合、

時々妙な事件が起きる。たとえば、このアオの場合だ。

ユーラシア大陸のあるところに俺達は用があって、

下船行動を取って戻った。

発進して宇宙に出たまではよかったが、

慣性航行を取っている暇な時間帯に、

エンジンの回転にむらが出始めたんだ。

例のブヒンブヒンが始まったんだ。

それも、随分と変則的な調子だった。


とうとう故障したかと、機械室を開けてびっくり、

そこに一頭の馬がいて騒いでいた。

馬は、こっちに気がついて、なんとかしてくれって目を向けて、

首振りながらブヒブヒ言って、前足なんかも

振りあげてるじゃあないか。なんだと思う?


俺達の留守に、アオのやつ、

飛行中にマークしていたメス馬をさらって乗せていて、

催眠が解けてから、口説いていたというわけだ。

声はすれども姿は見えないもので、

すっかりメス馬は脅えきっていたなあ」


そのとき、ひとしきりアオがいなないた。


アオ:「ブヒッ、ブヒブヒ、ブヒヒーン」


どうやら、そのときのことを思い出しているようだ。


私:「そのときどうしたんですか。いっしょにしてやったとか」


チャービル:「バカ言っちゃいけないよ。

機械と馬がいっしょになれるわけないだろ。

メス馬さんに丁寧に謝ってだな、その時の記憶を

催眠機で消して、もといたところに送り届けたよ。

2スタロンの遅れをきたした」(1スタロンは地球時間の約40分)


アオ:「ブヒ、ブヒッ、ブルル、ブルル」


一層激しくなったようだ。どうやら、その処置に抗議しているらしい。


チャービル:「それからがアオの再教育だ。

まあ、こうしたことはある程度起こりうるということで

起用しているから、体罰などを与えるということではない。

しっかりと、今ある立場と、任務の重さというものを

再認識させるというわけだ」


アオ:「ブヒヒッ、ヒヒッ、ブルン、バフッ」


チャービル:「ああ、分かった。もう一度再教育するべ。

今度は体罰もためらわず考慮すべ」


アオ:「グフ、グフ、グスン」


何とか、収まったようだ。しかし、任務下の馬というのも、

辛いものだ。ふと、競走馬の悲哀を連想した。


私は、さらに浦島太郎の話を思い出した。

私は、太郎を乗せていったカメというのが

UFOではないかと思っていたからだ。

ちょうどこの船も亀甲型をしているから、

関連があるかも知れない。


私:「あのー、むかしむかしの話しなんだけど、

浦島太郎という人物が、助けたカメに連れられて、

竜宮城に行ったとかいうのを聞いたことはないですか」


チャービル:「はあはあ、それは今から1400スポロンほど前の、

ヘマトップ星人のところで起きた事件だな。

ウラシマという名前で分かった。

それは有名な事件だぜ。

それが入植魂の教育のあり方について、

再考させ、充実させる元になったんだからな」


私:「そんな宇宙に轟くほどの事件だったんですか」


チャービル:「あの当時ではな。亀は、パクという名のスッポンだった」


私:「えっ、スッポンだったんですか」(何とエー加減な話か)


チャービル:「そうだよ。食い辛抱のパクは、地元の子供らの仕掛けた

マテガイをつけた釣りバリにかかって、

引っ張りあげられた。

その頃の針には、返しなどついていなかったから、

余計なものが釣れたと思った子供は

振り落とそうとしたらしい。

ところが、パクは食い辛抱だったし、気性が荒かったから、

食いついたまま放さなかった」


私:「ずいぶん、実情に詳しいですね。

釣りバリに返しがあるだのないだのってことまで」


チャービル:「放っといてくれるか、この面白いときに。

さて、子供らは、手で触れると噛みつかれるかと思い、

竿にぶら下げたまま、家まで持って帰った。

だが、親は仕事でいなかった。そこで、子供は考えた。

土間にカメがある。それに入れてふたをすれば、このカメ、

夜がきたと思って眠るべなとな。

空いたカメに入れて、釣り糸も竿もついたまま、ふたをした。

そして、みなしてどこかへ遊びに行ってしまった」


パクは、こうしてカメの中に取り残されたのだ。

ミミズを食べ終わった後は、硬い針以外に何もない。

その針も、その家の親が、竿の置き忘れと思って

いっしょに持ち去ってしまった。

餌のない針に食らえ付いてばかりいられなかったからな。


こうして、くる日もくる日もパクは、えさを口にできなかった。

このひもじい中で、思った。

ああ、わしゃ食い意地が張っていたわい。

それに、反発精神ばかりで、少しも妥協しようとしなかった、と。

生まれて初めて、反省らしいことをしたのだ。

いいか、こうした大きな心の変革を経験してきたものでなければ、

いざというときの任務は遂行できないんだぞ」


私:「そんなに大きな変革なのかなあ」


チャービル:「カメにとっては、大きいんだよ。さて、それからだ。

隣村のウラシマ君がたまたまこの家に用事があってやってきた。

それも、誰も家のものがいないのを見越した上で、

食い物を物色しようとしてだ。いろりばたには何もない。

土間にカメが四つあるのを見て、一つづつ開けていった。

一つ目には、水だ。二つ目、三つ目には何もない。

四つ目に何かが入っている。

おお、しめしめと、暗い中に手を突っ込むと、

ごつごつした塊が触れた。

ちょうどいい手頃さとばかり、取り出してみて一度びっくり。

なんだカメじゃないか。

実はこの時、パクは空腹で弱っていたといっても、

まだまだ力はあった。だから、せっかく

目の前においしそうな指が五つも現れたときには、

力をふり絞って、その一つに食らえついたとしても

不思議ではなかった。

しかし、彼には心境の変化があったんだ。

この時、わざと首を甲羅の中にすぼめて、

どうなるか見ていたんだよ」


私:「そうですか」


私は、あくびをこらえながら聞いていた。


チャービル:「ウラシマは、カメまで食ったことはなかったから、

くそったれと、もう一度カメに収めかけた。

そのとき、パクは助けてくれたお礼を言おうと、首を覗かせた。

ウラシマはそれを見て、うわっスッポンじゃ、と、手を慌てて放した。

ぼとりと土間に落ちる。ウラシマは、長居は無用と逃げていく。

パクは、短時間ながら、恩人の特徴をしっかりと覚えておいたんだ」


私:「それ、本当のことですか」


チャービル:「この場では、本当のことになっている。ん?・・

いちいち、そんなこと言わせるんじゃないよ。だからな、

あんたはウラシマを情け深い立派な人と聞いたかも知れん。

しかし、英雄の伝承というものは、とかく美化されがちなんだ。

桃太郎しかり、金太郎しかり、ドラゴン太郎しかり。

さて、その後の成り行きがどんなものだったか」


そう言いながら、チャービルはあまり良くない、

という風に顔を左右させた。


チャービル:「パクは、縁の下に潜り、

生えていた苔を食べて命をつないだ。

そして、三日後に、夜陰に紛れて外に出たところを、

スカウトシップに発見されたってわけだ」


私:「他に動物は見当たらなかったんですか」


チャービル:「そりゃ、たくさんいただろう。しかしな、シップの

精神波動観測レンジにかかったのは、パクだけだった。

パクの心からは、5色の光が出てたんだよ」


私:「それは何を意味するんですか」


チャービル:「感謝、奉仕、忍耐、寛容、・・・といった徳性だ。

色に直すと、オリンピック5輪の色になる。

笠谷はよう飛んだな。宇宙にもファンは多い。

(これでこの話、何年の事件か分かりますね)

パクは長期間のカメの中の暗黒のひもじい暮らしのうちに

徳性の基礎を作り、救い主の出現で、いっきに開花させたのさ」


私は、どう言っていいか分からず、口を開けて聞いていた。

日頃厭世的な私も、やや感動を隠せなかった。

また、世界神話の7色の光を発する神亀の話を思い出した。

5色なら、及ばないまでも、の感がしないでもない。


チャービル:「しかし、運命というものはすごいものだ。

確かに偶然が導いたにせよ、そんな風になったカメを、

カメのままで放っておかなかったんだからな」


しかし、カメ、カメとややこしい話である。

少しは漢字の使い分けをして欲しいものだ。


私:「では、スカウトシップで、パクの希望を聞いたわけで?」


チャービル:「そうだ。適性は充分と判断されたから、

後は本人の希望だけだ。

すると、パクは、恩返しをするには小さなカメの体では

不可能だからと、船に成る道を選んだんだよ」


私:「なんという殊勝な心がけ」


チャービル:「そうだとも。パクはサービス精神に燃えていたんだ。

パクには、アオよりもひと周り小さい

同形式の船があてがわれた。

ヘマトップ星は、俺達の兄弟星なんだ。

だから、開発機種に共通性がある。

よって、向こうで発生した問題は、こちらの問題でもある」


私:「ひょっとして、ウラシマさんの事件は、予想していなかった?」


チャービル:「そう。ヘマトップのチームは、パクの欲求を

よく理解していなかったんだ。チームワーク精神だけで、

メンバーはその中に管理できるという甘さもあった。

だから、パクの入った船がよもやあんな行動を取るとは

思いもしなかった」


私:「ウラシマを連れて行ったこと?」


チャービル:「そうだ。チームのものが乗っている最中にでだぞ。

制御室では、みながそれぞれのポジションについていた。

シップアイに、ある奇妙な赤マークがついたかと思うと、

それがどんどん拡大していった。

それが画像に変わってみれば、何とウラシマだったのさ。

そのとき、コントロールチーフは、船のコンピューターが

制御不能に陥ったことを知った」


私:「それは大変です。事故になる可能性だってありますね」


チャービル:「それもありうるだろう。だが、この時は、

ウラシマの誘拐から、ヘマトップ星帰還のルート乗せまで、

パクがすべて仕切ってしまった」


私:「ありゃー。それはHALさながらだ」


チャービル:「スケジュールは、完全を期していて、

不慮の際の余裕を一切取っていなかった。

このため、このチームは、後で散々だった」


私:「というと?」


チャービル:「ウラシマも一つの命。チームがヘマトップ星で、

次の現地での任務を帯びるまで、

総力あげてウラシマの面倒を見なくてはならなくなったのさ」


私:「そりゃ大変だ。生活が違うし、価値感も違うでしょ」


チャービル:「もちろんだ。整備された町を竜宮と見てくれたまではいい。

ところが、ヘマトップ星の住民は、男でもみなきれいな

顔だちで、地球人の美女クラス以上に違いなかった。

チーム員はみな男。それが主体となって

面倒を見るとなったとき、おかしな事態となった」


私:「うわー。想像つきますね」


チャービル:「このウラシマ、酒は要求するわ、

お酌を要求するわ。はては気心知れ合った

チーム員に無礼まで働くようになった」


私:「ぶ、ぶ、無礼?」


チャービル:「あんたがそんなに興奮してどうすんだよ。

そうだ。求婚までしたんだ。求婚だぞ」


私:「カーッ。なんてことでしょう。球根!」


チャービル:「そのチーム員、男だから無理だと言い張ったが、

酔った勢いもあって、何とまあ、おおかまわぬ、

そなたは男姫じゃ。おお、乙姫と呼ばせてもらおうかな。

乙姫。こちゃ参れ、と来たもんだ。

どれほど精神性が重要性かが分かろう?」

(浦島太郎さんには、物語の都合上とはいえ、お詫びします)


私:「はあーっ。今もこういうテアイはいるけど、

昔もそう変わらんかったんですね。

で、すぐには連れ戻ることはできなかったのですか」


チャービル:「そうなんだ。チーム員のしでかしたことは、

チームの中だけで処理する。

これがヘマトップ星の掟だったから、ウラシマを連れ戻るには、

パクを説得するしかない。だが、パクは頑固だった。

納得させるまで、60スポロンもかかったんだ。

その間、チームのものは交代制で面倒見に当たったが、

なにぶん慣れないことで心身症が続出したので、

しかたなく、ウラシマのために

バーチャルリアリティーのソフトを作って、

催眠状態下でしばらく遊ばせておくことにした」


私:「なるほどね。テスト時に見落としていたパクの固癖が、

ここで噴出したって感じですね。

しかし、そのフォローのためにソフトまで作るとは」


チャービル:「そうなんだ。それは竜宮ソフトといって、

地球人観察の粋を集めた傑作だといわれている。

制作に当たった2名のうちの1人は、逆にハマってしまって、

任務を辞退して、地球に降りて帰化してしまった。

クメ・トンピシャッチという名だったので、

現地で久米仙人とか言われたそうだ」


私:「はあー。それはトンピシャですね。歴史の勉強になります」


チャービル:「それからが入植者選抜および

教育システムの再構築となった。

ヘマトップ全体ばかりか、俺達の星、さらには同じ

やり方をしている大半の文明星に波及することとなった」


私:「いや、心の問題というのは大変ですね」


チャービル:「この機種の特徴は、入植魂も、

一人の乗り組み員として認めていることにある。

つまり、配属先では、直感に優れた水先案内人として、

重要なポジションにあり、それゆえ人間に負けず劣らずの

責任が持たされるわけだ。

つまり動物魂といえど並みのものでは勤まらんし、

間違いがあれば、チーム全体がカバーに回らねばならん。

それゆえ、チームワーク作りと、総力をあげての

メンバー教育が大切になるわけだ。わかってくれたかね」


私:「わかりました。いろいろ苦労がありますね」


チャービル:「おまけにもう一つ。

あらゆる行動には心が関わるということで、

あらゆるスケジュールには余裕が持たされることになったんだ」


私はその後で、起用される者に、

人間も使われているかどうか聞いた。

すると、昔はその場合もあったが、今はないという。

というのも、心の純粋さが重要であり、

知識の豊富さというのは心の不安定さを招き、

かえって邪魔になるとか。

試しに私はどうかと聞いてみたら、

あんたは雑念だらけのβ波ストレス状態にあり、

5分たりとも用いられるものではないとのこと。

地球人のほとんどが、今そうだとも。


それより、早くスクランブルエッグを作ってくれよ、

と懇願されてしまった。

まあ、お互い安心できる話ではあった。


〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜


食事を作っている際、チャービルに、

アオに対して少し可哀想なのではないかと

指摘した甲斐があってか、その後、

アオが誘拐した雌馬をチームで起用しようということになり、

アオより一回り小型の船になって、

いま夫婦船として活躍している。

というのも、あのときの会話の説得力に、

実は雌馬はいたく感激したというのだ。

チームは、さらに気を利かせて、無人小型船を

彼らの子供として夫婦のために用意した。

今までこの館に3機そろってやってきたのは、20回に及ぶ。

夜空に3つの点滅光が見えたら、それは飛行機ではなく、

アオの一家が任務を帯びて飛んでいる場合があるので、ご注意。

ちょっとサービス  

これはアオ一家。
あれから10年経ち、孫の世代まで
勢ぞろいして日本の空を飛んでます。
ジャンボもびっくり!?


→天上人の宴(3)



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この物語は全くのフィクションです。

登場する人名、機関名、団体名は架空のものです。







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