物語




コメディタッチホラー・・・「科学の最先端 (前編)」

               作/奥人




外界は、金属的な建物群ばかりで、至るところに白っぽい光源がきらめいていた。その中をリムジンロードに乗って移動している二つの影があった。

「ということは、なにかね。今が西暦2256年とすれば、私は250年間眠っていたことになる。まさに、私が指定しておいた期間だ。やはり科学技術は、それなりに発達していたわけだ。見てみろ、この光景。ぜーんぶ金属ではないか」

「仰る通りです」

この時代では、もう希少になった日本語通訳が、勝田末吉と連れ立っていた。

「思えば、私は幸運者だった。賭け事ばかりして、勝って勝って勝ちまくって、何百億もの大金をつかみ、その金の半分を使って旅行三昧、酒地肉林三昧の豪遊をして、後の半分を使って、先々の命の保証をさせるという快挙をやってのけたんだ。しかもだぞ、十名限定の厳しい審査で知られた冷凍安眠カプセルの宝くじをみごと当てたんだからな。よくぞツキまくったもんだ。おかげで250年後の未来にさえ生きているじゃないかね」

通訳は、あわてて自分と末吉のボディスーツの胸元にある赤く光るワイアレスマイクのスイッチボタンをオフにした。

「幸運? ツキ? そんなものは、この世界には、いや、この時代には、ないんです」

「なにをバカ言ってるんだ? ツキをこの私から取ったら、なにが残る? まあいい。
ところで、ここにはギャンブルはないのかい? いまは無一文でも、少し金を貸してくれたら、勝って勝って勝ちまくって、利息を何倍もつけて返してやる。
どうだ? この話に乗らんか?」

「ご冗談を・・。初めに申しましたように、ここでは、ツキとか、ギャンブルとか、勝ちまくるといった言葉は、すべて禁句です」

「だが、ここは自由主義国だと聞いたぞ」

「いちおう、自由主義の世の中です。しかし、確率に従って生きる自由は認められても、確率に反するような言動は、すべて処罰の対象になります。あなたはまだ新参者ですし、ここは二人だけですから、あなたの違反行為も大目に見ることにいたしましょう」

「なんだって? 当たり前のことを言ったといって、処罰?」

末吉は、通訳から、この時代のあらましを聞くことにした。

それによると、・・・
今から約200年前のこと。政治家という非常に無知で、打算的で、無責任な人々が政治の運営をして、世界経済を破綻させてしまい、大きな戦争を引き起こしてしまった。
その経過を重視した人々は、反省して、非常に優秀な科学者を世界総督のポジションにつけ、政治を担わせることにしたというのである。

この世界総督の意向に沿った世界運営は、彼の先見性によって確かなものとされ、こうして初めの100年間は理想的に推移し、現在の高度文明の基盤を築いた。

ところが、それ以降今に至るまで、何代かの総督が立ったが、みな独裁者であり、彼の出すアイデアがそのまま法律に採用されたものだから、その専横さたるやすさまじいものがあった。

そして、一度作り上げた独裁を許すシステムは、おいそれと修正されることなくいまに至り、20年前から確率論の数学者が総督となったのをきっかけに、他の様々なことについては問題なくも、こと確率論に関する原理的抵触があったり、反対を唱えるような者がいれば、すべて違法行為として取り締まられ、処罰の対象とされていた。その罪は傷害や殺人よりも重いとさえされている。
・・・というのである。

「なんとまあ、そんなことが罪になるなんて、信じられんよ。ああ、おかしな世界に来たものだ。しかし、この私から、ギャンブルを取ったら、なんにも残らん。
だが、どうかね。この世界にも、ギャンブルくらいはあるんだろ? どこか君、カジノのようないいところ、知ってないのかね」

「しーっ。マイクのスイッチを入れ直しますから、これからは慎重に発言ください。いいでしょう。良いところにご案内しましょう」

彼らは、やがて別のリムジンロードとの接触地からそこに乗り換え、違うルートに入り、そうしたことを10回も繰り返したころには、リムジンロードも幅が1mほどの狭いものになっており、特定の目的地に向けた専用ルートといった雰囲気を醸していた。やがて、何もない金属的な空間の左手に、2階建ての木造家屋がぽつんと見えてきた。

二人はその前で下り、家屋の左側に付けられた薄暗い階段を上って、2階の傷だらけをそのままにしたドアを開いて中に入った。

部屋の中はいままで見たところとは、まったく雰囲気が違って、古風な雀荘のイメージがあった。

すでに空気は煙草の煙で淀んでおり、八つの全自動卓が所狭しと並べられている中で、一つの卓にのみ、すでに三人が坐っていて、残るもう一人の到着を待ち遠しくしているかのようだった。

末吉は通訳に勧められるまま、空いた座席に坐った。
三人の男たちは、みな同じボディスーツを着ており、髪型がさっぱりしている以外は、ごく普通の面子といった感じである。しかしなにか雰囲気が違う。彼ら三人の顔には真剣味が感じられないのだ。

末吉は、単純に、勝負師としての勘を働かす。

<これは戴いたり。これはと思うようなツラ構えをしたものなど誰もいない。
いやまてよ。この無表情にしろ、対面にいるこの男は、ポーカーフェイスとも取れなくもない。マークすべきは、この男だけと見た>

ルールとして、ピンピンの高いレートを設定し、ここの通貨で決済することとして、最初の半チャンは始まった。

末吉の予想通り、対面にいる男だけが勝ちを維持していた。末吉は、みなの腕前を見極めることもあって、控えめに負けを演じていた。
だが半チャンも後半になると、敵の手を知ったとばかり、末吉は俄然猛ラッシュをかけたのである。

<そうそう。おれのパターンだ。250年経った今といえども、額に青筋を立てて、目は血走って、血圧の上昇を覚えてくる。これがおれ。おれの勝ちパターンの復活というものだ。おれの空、健在ってもんだぜ>

こうして半チャンが終わってみると、末吉一人ダントツという結果となっていた。
下家にいたドロンとした顔の面長な男は、当然のようにハコテンしていた。そして、精気のなさはいよいよ真に迫っている感じだった。

上家の眼鏡をかけた箱顔の男は、驚いたような目つきで末吉を見つめるも、尊敬の眼差しというには程遠く、末吉を哀れむかのように笑みを浮かべ、頬をぴくっと動かした。

<ケッ。気味の悪い奴だ>

対面にいる多少男前といえそうな男は、全自動卓がうなりを立てて牌をかき混ぜる様を無表情にじっと見つめたままだった。

<くそう。下家のドロリンマンを除いて、なんて連中だ。弱いくせに、場慣れだけはしてやがる。もっと強いのはいないのか。要は、勝負運の戦いなんだよ。ああ、こんなことでいいなら、みんな巻き上げてやっからな>

イーチャンが終わったとき、末吉は当然のことのように、ダントツ。二番手に、対面のポーカーフェイスが沈んではいても、箱ひとつといったところだった。上家が、箱二つ、下家は箱四つという具合でひどい沈み方である。

ところがである。
末吉が軽蔑混じりでいい気になっていたところ突然、裏側のドアが開いて、顔をストッキングのようなもので覆った3人組が押し入ってきた。慌てふためく間もなく、末吉をいきなり取り押さえてしまったのだ。

「うわっ。銀行強盗か? おれはまだなんにも稼いでない無一文なんだぜ。いでででっ。何しやがんだ」

あの通訳が遅れて現れた。

「あなたは、刑法6条に抵触する行為をしたかどで、観察ルームにおける即決裁判の結果、ロボトミン1号の薬物投与が決まりました」

こう言い渡された瞬間、末吉の腕は二人掛かりでねじ上げられ、スタンガンのような注射器で一瞬にして静脈注射されてしまっていた。

末吉は、頭がぐらっと揺れて、目の焦点が定まらなくなってしまった。次に、周りがぐるぐる回転し始め、やがて収まった頃には、半眼のドロリンマンになってしまっていた。

「次を始めるように」という声がどこからか聞こえたが、定かではなかった。

全自動卓がうなりを上げて牌を積み上げたのを見届けたような気がした後、
末吉は、いつのまにか知らず知らずの内に、牌を掴んでは捨て掴んでは捨てを繰り返しているのである。

<おお、どうしたんだ。勝手に手が動いて、つまらん牌ばかりつもって、川に流しているな>

「ロン」という声がする。

<どうやら、やられたらしい。なんてこった。
おかしい。頭が回らん。くそう。何かをしこみやがったな>

いつのまにか時は過ぎ、次の半チャンが終わりかけていることを知った末吉は、持ち点のほとんどないのを見るや、再び、”なにを負けるか”のど根性を起こしたのであった。

対面の流した牌をポンし、下家の流したのもポン、そして次に上家の流した牌で、トイトイのロンをしたのであった。それからツキが俄然変わった。親を十回も連続で維持し、対家のトップを一気に陥落させてしまい、再びダントツになってしまったのだ。

「この者のaf脳波の立ち上がりとともに、確率論に反する事象が生起します。これを妨害するロボトミン9号製剤の投与が必要かと」

「それで平滑化ができたとしても、すでに大きく勝ち越している分をマイナスにするために、鬱を起こすショックレー2号も投与する必要がある」

「それで効果がなければ?」

「オールレッドの独房に10年拘留する」

「発狂刑ですね」

「うむ」

実をいうと、彼が最初にギャンブル好きだと言った時点から、矯正保護観察下に置かれていたのである。

再び、ドアが開き、あの3人組が入ってきた。
そして、通訳の声らしいものも、耳元で聞こえた。

「悪いことは言いません。勝とうとしてはいけない。負けるほうに力を入れなさい」

末吉は、影のようなものが横に来たという程度にしか認識していなかったが、腕がねじ上げられ、痛みともカユミともつかぬ感覚の中で、再び注射が施されたらしい感触を得た。

というのも、一気に感情の高まりが衰え、さらには自己嫌悪の感情が襲ってきて、知らず知らずのうちに、自分の頭を自分のこぶしで、したたか殴りつけているのだった。

<おかしい。待てよ。おれがおれを嫌になってどうするんだ。しかしこのままでは、殺されてしまう。そうか。勝ってはいけないんだ。負けるほうにする?ふざけるなと言いたいが、これも生き延びる道か?>

だが、自分を殴りつけて、傷つけたいという衝動は収まらない。振り上げた拳を、顔を笑いでこわばらせながら、中空で静止させておくのがやっとというところだった。

そのとき、対面のポーカーフェイスが、
「ここは自立更正の場です。あなたが真に法律に沿った行動、つまり確率に則った動きができるようになるまで、更正作業は続きます」
と言ったものだから、振り上げた拳はいきなり対面の男の頭に飛んでいた。

「ガツン!!」

三秒ほど遅れて、末吉の拳に激痛が走った。
見ると対面の男の髪の毛が半分以上取れかかっており、その下はつるつるした金属光沢をしていた。
ロボットだったのだ。

しかも、末吉が殴って作った頭の凹みは、他にいくつも見られた。
末吉はどうやら、右手の指の骨を何箇所か骨折したかもしれない。
それでも、このゲームは強制されたのである。

末吉は、ふがいなくも、負けるほうに持っていこうとした。それには、わざと振り込むようにすればよいだけだ。しかし、末吉の気持ちはやるせなくふがいなく、腹立たしい限りであった。

<わざと負けるようになどすれば、もう幸運の女神様も相手にしてくれなくなる・・・とほほ>

こんな思いに刈られながら、他家への振込みに協力をしたのであった。


「sd脳波が優勢ですから、わざと負けた振りをしていることは明らかですね」

「ううむ。だが、全然だめだとは言いきれない。少なくとも彼が確率論に従わねばならないと、考え方の切り替えをしたのだから、その結果としておのずと矯正されていくだろう」

「当面は反作用の起こることを期待して・・・」

「いずれ法則に逆らわない無気力な確率人間にしなくてはならない」

「では、ロボトミンの投与は?」

「長期投与が図られるべきだ」

「分かりました」

こうして、末吉は、数週間の内に、プラマイゼロをキープできるまでになった。
はじめsd脳波が強く振れていたものも、薬の効果によってか減衰し、目立たぬまでになったのである。

半年後、無気力を絵に描いたような、やつれきった末吉が、すでにメンバーが入れ替わった面子を相手にマージャンをしていた。というより、矯正刑として、無理やりやらされているわけであった。

そこに久しぶりに通訳がきた。

「はじめのころ、上家にいた、顔の四角い兄さんはいまどこに行かれたの?」

「あの人は、刑期を終えて、娑婆に戻られています」

「ああ、そう。では、対面にいたロボットさんは・・・あ、これはいいか。じゃ、下家にいた顔の面長な兄さんはどうされたの。やはり娑婆?」

「この方は残念ですが、マイナスをいつの時も取り戻せなかったために、死刑になりました。あなたは、まだ調節できたからいいですが、この方はいくら取り戻そうとあがいてもだめだったために、事態が深刻でした」

通訳は、言葉にできない同情心を、顔の表情で作って見せた。

「そうか。振りこみは下家に対してしてやれば良かったなあ」

通訳は聞かぬ振りをして、立ち去っていった。

こうして、10年の矯正刑の刑期を勤め上げ、末吉はこの娑婆世界の構成員として社会復帰していったのである。




前編・了

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