物語 |
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コメディタッチホラー・・・「科学の最先端 (後編)」 米アリゾナ州でその奇妙な生き物は捕まえられた。 あれは、2003年の夏の深夜のことであった。 漆黒の星煌の夜空に、緑色の火の粉を吹きながら、流星が山向こうのナバホ居留区に、大音響とともに墜落し、地上を数度に渡って光らせたのである。 これを見ていたホピ族が、「ああこれこそ予言された青い星に違いない」と部族最後の踊りを踊ったかどうかは、この際触れないでおこう。 ところが墜落したものは、正真正銘のつやびかりした金属でできた空飛ぶ円盤であったのだ。 通報を受けた国防省の軍隊が続々と現地入りし、数時間の調査と器物の撤収作業の途中に、防護服に身を包んだ数名の兵士に抱えられるようにして現れた二匹の生物の姿があった。 二匹は、犬とも猿とも、あるいは蜥蜴ともつかない、地球上には棲息しない生き物のようで、冷たい砂漠を連行されて、筒型の見たこともないようなトレーラーに収容されて、数台の車に守られるようにしてどこかに連れ去られていった。 恐らくは、この近くの米軍の秘密地下基地であるに違いなかったが、この二匹にとって、その場所の位置がどうのこうのといったことは、二の次であったことだろう。「生きている」そのことだけが奇跡であると思われるほどに、乗ってきた円盤は大破していた。 「ピーピー・・・・・」「ピーピーヒュルヒュルルー・・・」二匹はほぼ同じトーンのわけの分からない会話を交わしていた。 ところが、防護服の調査官が彼らの前のテーブルに、向き合うようにして座ったとたん、一匹の方が「ウンジャモンジャ・・・・・」と、いささか低いトーンで、明らかに目の前の調査官に対して話し始めたのだ。 「ホワッツ!?」と調査官は前のめりになり、会話を聞こうとする。しかし、彼にはわけの分からない言葉に違いなかった。 いっぽう隣のミラーごしの調査室で、会話の音声を収録しながら聞いていた一人が、音声レシーバーにかじりついた。 「ヘイ!チーフ!!きっとこれは、日本語です!!」 「なにい(@@;」 「私の話をよく聞いてくれ。私は日本人だ。名前は、勝田末吉という」 「生き物は、自分の名前を日本語でたしかに言いました!!オーなんてことだ!!」 日本語を多少は理解できる調査室の男が、急きょ防護服を着て、中に入ることになった。 その間、日本人スタッフ探しに、基地の中は騒然となった。 というのも、この基地で働く日本人は、ごく少なく、しかも基地の外周作業に限られていたのである。 そして選ばれたものに、板山茂樹がいた。 彼の履歴ファイルが調べ上げられたが、頭が良いとか学歴がどうのこうのではなく、ただ口が堅いということを見こまれて選抜されてきた。 「いいか。ここで見聞きしたことは、いっさい他言無用。もし、約束が守れないときは、また守られなかったと分かった時は、命の保証はない」 それ以外にも、報酬面その他で特別な条件が付けられたとみえ、茂樹はオーケーした。 ミラー越しに見る、奇妙な生き物に、茂樹は背筋をぞっとさせた。 「このおかしな生き物と話をするんですか?」 すでに茂樹の周りには、係官が取り巻き、防護服の装着を進めていた。 「ミスターイタヤマ。この生き物には、次の段取りが組まれている。初めてのことで戸惑うかもしれないが、のんびりしている暇はないのだ。生き物に対する質問事項は、こちらから無線で逐一教える。君は日本語に変えて話せばいいだけだ。彼らの言葉を我々の言葉に直す必要はない。いいな」 「はい」 こうして茂樹と、奇妙な生き物の会話は始まった。 ところが、生き物の方は、彼が話す前から、鼻に掛かった高いトーンでさも親しげに話してくるのである。 「あんたは日本人だな?そうだろう?」 「は、はい。私は日本人であります」 「ああ、そうだろう。分かるとも。分かるとも。会いたかった」 「はあ?」 <ミスターイタヤマ。会話の途中みたいだが、こちらの質問をしてくれ。まず、彼らが何を目的にここに・・・> 隣の部屋から、無線が入る。 そのような話はどこ吹く風と、生き物は自分の素姓をまくし立てた。このため、茂樹は無線に身が入らない。 「私はね、君らからすれば、500年後の未来からタイムマシンに乗って来たんだよ。君らが聞きたがるのは、恐らくどこの星から来たかということだろうが、あいにく私は地球から来たとしか答えようがない。残念だったな」 「あ、あの、ちょっと」 「分かるよ。分かるよ、君。信じられんことが起きている。そう。たしかに君の前で起きている。これは夢でもなければ、幻でもない」 実は、録音マイクか録音機の調子が悪くて、二度目の司令で通訳して伝えるように言ってよこしていたのであるが、それも聞き取れていない。 「何から話そう。そうだ。私の隣にいるのは、私の妻なんだ。といっても、君らの考える妻とはちょっと違う。任務上の妻、つまり私がメインなら、こっちがサブということになるな。年齢は、私らの場合、取りたてて意味がない。性別も・・・もうとっくになくしている。つまり、私らは複製された人間なんだ。私は、初代勝田末吉から数えて、コピー8代目でね、コピーのたびに記憶だけは更新されて、こうして今でも昔のことを良く覚えているんだ」 茂樹の耳には無線でなにかしきりと隣室から言ってきているのだが、この生き物の甲高い声にかき消されて分からないでいた。 「ちょ、ちょっと・・・」 「なにがちょうちょだよ。そうだ、ちょうちょなんていたよな。懐かしいなあ。どこにいるんだ?」 と、生き物はあたりを見まわしている。 その様子があまりに気味が悪くて、隣室からマジックミラー越しに見ていた調査官が嗚咽した。 「ああ、私はだめだ。エイリアンものを見て、少しは慣らしたつもりだったが、とても我慢ならん」 「録音が不調ではだめですね。後でイタヤマから聞きましょう」 「あれを見たら分かるだろう。意味が分かっていないから、奴もどきまぎしているのじゃないか」 「呼び戻しましょうか?」 「いいや。どうせなにも分からんだろうから、定刻まで奴に話をさせておけ。後でこの件に関して、適当に調書を書けばいい。だが、なんでこんな調査をせねばならんのだ。今日はまったくツイとらん」 調査官は、ミラーウインドウとは反対の方向を向いて、頭を抱えて座ったきりとなった。 「ちょうちょのことが問題じゃないんだ。ちょうちょがいるということがいかにすごいことなのか、とにかく自然が大切なんだということを、私はここに力説しに来たんだ。分かってくれるかね」 「は、はあ・・」 「私はね、実に不幸な人類の未来を見てきた人間だ。科学という、馬鹿げた人間のおごりが、どんな辛い目に私らを遭わせてきたか、それはもう悔しくて、悔しくて・・・」 涙はいっさい出ている風はないが、目をこするまねをする生き物の仕草には不気味な愛嬌があった。 彼の妻だという生き物は、その仕草をあきれた風を見せるでもなく、丸い大きな目でじっと見つめていた。 「通算480年もの間、私は馬鹿を見てきたんだよ。良かったのは最初の50年だけ。後はみんな棒に振ったようなものだった」 この生き物は、切々と、過去の人生を語った。 学力など皆目なかった学生時代のこと、ギャンブルに明け暮れたそれ以降のこと、ツキと大金を手にして豪遊三昧をした後半生のこと、未来の世界で遊んでやろうと安眠冷凍カプセルを申し込み、30000倍の難関を突破して栄冠を手にしたこと、250年後の未来世界に目覚めたまでは良かったが、不幸にも確率論科学者総督の独裁世界で失敗し、10年もの去勢生活の刑期を勤めさせられたこと。 ここまでは、前編でも触れたことであった。 ところがこの先、確率論総督の悪政に対して、潜在的な不満が高まり、クーデターの火の手が上がって総督は捕まり、皮肉にもロシアンルーレットの刑で確率6分の1の銃弾を引き当てて総督が死んだ後、次に立った科学者は、人間のクローン化と、それによる半永久寿命の獲得という、誰しもが小躍りして喜ぶような公約を武器にして世界総督に当選してしまったのだ。 当時、クローン技術では正確なコピーを作れるほどに十分進んでいたし、記憶や感情などの意識も、超精度電磁複写機器の発明で、10日ほどの短期間でコピー側に受け継がれてしまうという具合だった。 当時の恩恵に浴した人々のぬか喜びしたこと。 そこで問題は、元の体の始末をどうつけるかだった。人道的見地という話もあるにはあったが、そこは総督の一存で、というより独裁で、まるままコピーが完了したと認定された時点で、もとの体は麻酔された上、焼却処分されることとなったのだ。 こうして、同一個体の複在という問題は人為的に起こらないように仕組まれたのである。 「私はね、確率論総督が倒されて、刑法何条かが取り去られたとき、自分にまだツキが残っているかどうか調べたよ。すると気分の高揚とともに、まだツキがあることが確かめられた。ところが、コピー後に調べてみたら、あれほどあったツキが、半分以下に減っているんだ。マージャンを何度となくしてみて、分かったことだ。だから、大勝はできなくなり、興味も半減してしまった」 この生き物の言うには、5、60年毎にコピーをするつど、ツキが前に比べて1/3ずつ無くなっていく気がしたという。それと同時に、体に異変も起きてきた。 第2代目のコピーぐらいから、生殖器が退化し、体も小さくなり、明らかに雌の争奪を主体とした種族維持の方法からの離脱の兆候が、体に現れ始めたというのだ。 遺伝子はいくら調べても元のままだった。ところが、遺伝子の効力発現のメカニズムの中に、異変が生じたのだ。不用になった機能を落としていこうとする、いわば反動である。 このため、第二世代から第三世代にかけて、試行錯誤的に、生殖器を多用しようという機運、つまりフリーセックスの時代となってしまった。それは、面白く思われたが、一面では恐ろしいことだった。 なぜなら、クローン化総督のもとでは、雌雄のセックスによってできた子供は、すべて抹殺されねばならないという法が施行されたからである。 このため、流産の河という設備まで作られていた。ここに流されるのは、途中掻破された胎児ばかりではない。ヘソの緒の付いた生きたままの新生児まで、布で包まれ葦舟のようなもので流されたのは、まだしも母親の思いやりであったかもしれない。 しかし、この施設では、この先ジェットタービンの回転バネで、散り散りの肉片にされるようになっていたから、ロムルスとレムスのような話が生まれる筋はまったくなかったのである。 この世界では、クローンのみが人間であらねばならず、生殖行為は体の機能的衰えを矯正するための健康体操と捉えられていたのだ。 この勝田末吉と名のる生き物も、このころには過去を思い出すように、手当たりしだい雌を誘い性交したが、かつて覚えていたような魅力的な体に遭遇したことは、まずなかったという。 過剰な性行為の反動もきた。早い体の機能的衰えが顕著となり、クローンの平均寿命の60年が、2/3も達成できなくなったのである。こうして、第四代目が主流になるころには、性行為自体が禁止になり、懲罰の対象となっていった。 「まあ、あの頃には、魅力的と思える対象はいなかったからな。だから、禁止になったからといって、もうどうでも良かったんだ。そのうち、どんな人間が魅力的だったかという、その姿すらも忘れてしまったのが、心残りだったんだ」 周りがみな、ちんちくりん人類の世界となり、それに伴って魅力的なボディーの価値観も変わるかと思われたが、さにあらずだった。記憶は退化し失われながらも、持ち込されたからだ。 「実はな、ここに来たのは、もう一度この目で、元の人類の女体の神秘とやらを眺めてみたいからだったんだ。どうだ。ものは相談だ。もっといろんな情報と引き換えに、今の時代の女の体を拝ませてくれんかな」 茂樹は、まだ独身だった。だが、アメリカ人の彼女はいた。美しい人だった。生き物の話がかなり淫靡なものの連続だったために、つい彼女との三日前の行為とダブってしまい、慌てて頭の中で打ち消した。 「それは、難しいです」 <だいたい何で、こんな生き物が・・・> そう思ったと同時に、生き物はうつむいて話し始めた。 「いまの私に性行為などできるはずないだろ? こんなに退化して、ふくらみすらもない。隣の妻とも一度もしたことはない。何百年、こうなんだ」 なんとなく、同情させられて涙ぐんでしまう茂樹であった。 そのとき、ドアが開いて、時刻がきたと係官が告げてきた。 「会見はこれで終わりです」 こうして、茂樹は生き物をそのまま残して隣の調査室に入った。 「会話はまったく録音できておらん。何度呼んでも返事もしないとはなにごとだ」 「はあ。そうだったですか」 「まあいい。適当に調書を書こう。奴はどこから来たと言っていた?」 「はあ。直接には聞いていません。間接的には、地球の未来からということです」 「なにを聞いてきたのだ。地球には奴らが一時的に根拠しているだけだ。よし。前にもあったように、シリウスの第3惑星からとでもしておこう」 「し、しかし・・・」 「このことは、他言無用だぞ。次に、奴らはいったい何をしにここに来たのか?」 「は、はあ。・・・あ、これも不審に思われるかもしれませんが、女性の体に興味があってやってきたようです」 「あ? 女性の体? うわっはっは。・・・これはいい。・・・ばか者!! 私を愚弄する気か?」 調査官は、茂樹の襟元を掴み上げた。 「ち、違います。ほんとうに・・ほ、ほんとうに・・そうなんで・・」 調査官は、汗を吹き上げ顔を紅潮させている茂樹の表情に、一縷の真実ありと見て手を放した。 「女の体か・・・うーむ。奴らが円盤に連れ込んで何をしていたかという噂とはマッチするな」 こうして、調査官は、簡単にいろんな話を合成した形で、かなりでたらめな調書を書き上げた。 しかし、何か心残りではある。 そこで、妙案を思いついたみたいである。 やがて30分もして、次の医学者たちが現れた。 異星人の解剖を含め、彼らが担当するのである。 未来人であろうはずの生き物たちに、未来は保証されていなかった。 調査官は、医学者スタッフのチーフに対して耳打ちした。 それは、5分にも及ぶ長い耳打ちだった。 その間、医学者チーフは、目といい眉といい、顔の表情を二転三転させたので、恐らくはとんでもない提案が出されたに違いなかった。 医学者はにんまり笑って、一言「オーケー」と言って、後ろに控えていた防護服班に隣の部屋へ入らせた。こうして、裏口から、二匹の生き物は再び別のところに連行されていったのだった。 実は、この調査官、医学者にこの異星人と目される生き物の弱点を教え、うまくすればもっと何か重要機密事項が聞き出せるかもしれないと教えたのだった。 ところが、その日の深夜のことである。 地下基地の最深部で大爆発が起こった。 最深部というところには、遺伝子化学工場の設備があった。 あの医学者チーフは、そこの総責任者で、アーノルド・クローン博士という、地上世界では知られない地下でのみ権威を持った最高科学者であったのだ。 この博士の提唱した新理論が、画期的なクローン技術の促進に寄与したのである。 それを以って、クローン技術とは名付けられたが、よもや人名であろうとは誰も知らなかったことだろう。 ところが、彼はこの大爆発で死んだ。 奇妙な生き物も、まるで初めからいなかったかのように死んだ。 恐らく、最先端科学の粋も、実験工場の爆発とともに、消し飛んだに違いなかった。 そして、その技術の停滞によって、宇宙科学が進めていた宇宙移住計画もやがて頓挫していく。 こうして、歴史は、愚かな政治家の手によって文明の終結を迎えた後に、何の新しい展開も示さなかったのである。 科学者の統治による金属都市も、確率論の科学者の台頭も、クローン科学者の台頭も、いっさいがっさいその後の歴史に登場しなかった。 歴史が、この珍妙な侵入者によって、書き替えられてしまうような事態とは? あの晩、地下基地の最深部で何があったのだろう。 上層部にいた警備官は、浮名で馴らした東洋系の絶世の美女AVスターが、地下基地行きのエレベーターに警護隊に取り囲まれて入るのを目撃した。 その次のエレベーターで、あの調査官が、ニヤニヤしながら降りていったことも見届けている。 そして、大爆発のあった直前に、地下の最深部でかなり激しい銃撃戦があったことも分かっている。 この程度のことしか、基地の人々の間には伝わっていない。 だが、茂樹はもう少し知っていた。 あの末吉と名のった生き物が、科学者というものをひどく憎悪していたこと。 特に確率論とクローンに関わった科学者を特に激しくである。 また、歴史を書き直せるものなら、書き直してやりたいとも言っていた。 そして何よりも、無防備に見えた生き物たちの武器。それは催眠術であることだった。 腰のあたりに細いベルトがあって、そのお腹側の真ん中に、直径2cmほどのボタンがあって、うつむきながらそれを回すと、向かい合う相手の思考をコントロールできると言っていた。 そうしたことから、茂樹の推測でしかないが、クローン博士とその実験設備が、この生き物にコントロールされた警備隊によって抹殺されたのではないかと感じられたのであった。 だが、茂樹がこれを口にするわけにはいかなかった。生き物によって、もし口外すれば、それをした時点で高いところから飛び降りる催眠術の作動することを聞かされているからである。 今でも、UFOがらみの仕事をしている部署の者は、このような二重拘束状態に置かれる者がいくらか存在しているという。 完
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