物語 |
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第二章 桃
ミユは、白い光の中に包まれて、上下の区別がつきません。 いわゆる、無重力状態というのでしょうか。 パニックのあまり、しばし気を失ったかもしれません。 その中で、夢を見ました。 白い光が、やがて七色へと放射状に目の前で分化していくありさまです。 その突き刺すような、まっすぐした七色のまだらの線たちが、しだいにうねりを見せ、明らかにエネルギーを低下させていく様子を、ミユは見届けています。 やがて、それらは目の前で不規則に回転し始め、まるで、色とりどりの花が咲き乱れているかのような縞模様となりました。 でも、ミユには、どこか懐かしく、美しいもののように思えました。 あらゆる想像力の源のような気さえ。 こんなところに、いつまでもいたい。 そんな気を起こした、次の瞬間、まぶたが開いてしまいました。 ミユは、あたりを見回します。 すると、どうしたことでしょう。 目の前には、ミユがノボに連れられて入ったはずの石組みの祠がありました。 しかし、色はあのときのとは、かなり違います。 きれいに手入れされているのでしょうか、緑がかってつや光りしていました。 地面も、きれいな石のタイルが敷かれたようになっています。大きいのあり、小さいのあり、ジクソーパズルのように上手に組み合わされています。 <わあ、きれい> それは、まるで今しがた作られたかのようでした。 そして、目を上に上げると、色とりどりの花が咲いています。 赤、青、黄色、ピンク、そうした色が混じったような花ありで、なんときれいなんでしょう。 石組みの上は、花壇になっていたのです。 その向こうには、おやおや、実がなる木がいくつも見えます。 <ここは誰かが、こんなふうに作ってるみたいだけど・・> ミユは、あれからなにも食べておらず、おなかがすいていましたから、花の間に設けてある石組みの狭い通路を、やじろべえのような格好で歩いて、木のあるところに行ってみました。 一つの木は、見たことがあります。高い高い、クリの木でした。 それはそれはたくさんのイガイガが、まだ青い状態で、たくさんの葉の陰から見え隠れしていました。 となりの木は、どんぐりのようでした。でも、これもミユは、そのままで食べてはいけないと、聞かされていました。 その向こうに、あっこれはおいしそう。桃のような実をたくさんつけた木がありました。 わりあい背が低くて、店先で見るような桃よりは小さく、ミユの背丈でもつかめるほどでした。 <小さいけど、おいしそうだわ。二つぐらいだったら、かまわないよね> ミユは、枝についたままの桃を、もぎ取りました。 そして、一口かぶると、口の中には、甘酸っぱい香りが広がりました。 ほっぺたが落っこちそうです。 <おいしーい。 いつも食べる桃より、おいしいよ。 なんていう種類なんだろ> ミユが二つとも食べ終わったとき、ミユの目の前に、女の人が現れました。 びっくりしたようにして、何やら言っています。 ミユは、もっとびっくりです。 「テマハリハスヤヨユテォユヨョオサハインマモモクンハカエャハェカン」 『あなた誰なの。 こんなところで何しているの。 これは首長や長老に配るためのだいじな水蜜桃だよ』 ミユには、彼女の言っていることが理解できません。 そうするうち、女は走り去ってしまいました。 ミユは、自分のしたことで、捕まるかと思い、とても不安になりました。 すると、にわかに寂しくなってきます。 <ここ、どこなの。 ノボくん、いったいどこ行ったの> どうしようもない心細さが、心の叫びとなり、やがて口からも漏れて出ます。 「ノボくーん。どこーー。どこなんよーー」 声を出して、小さくは叫んでみました。 しかし、やってきたのは、さっきの女と、屈強そうな男が三人でした。 それぞれ、動物の毛皮のような衣装を着ています。 鹿の模様の入ったのを着た男が一人、犬か何かの白っぽい分厚そうなのを着た男が二人、それぞれこうしたワンピースを腰のあたりで、縄で絞っています。 頭には、草を編んで作ったはちまきを巻いて、長い髪をまとめています。 女の方は淡い褐色のきめの粗い繊維でできた衣装で、絞ったりしておらず、長い髪を束ねることなく肩の下まで垂らしていました。 ミユは、もう逃げ出せません。 原始人みたいな人ばかりです。 もしかすると食べられてしまいそうな気がして、泣いているどころではありません。 女だけが後ろのほうにいましたが、三人の男は口々に何やら、ミユに対して言っています。 鹿の服を着た男は、ミユをじっとのぞき込み、指差しながら、言います。 「ミシマリャノナカイナイォタイェアゥ」 『おまえはいったい、どこから来たんだ』 意味がわからず、後ずさり気味でいますと、犬皮の男が、言います。 「リトカゥノトハォクマノハュノシキマシマクシクゥ」 『何か言ったら、どうなんだ。おまえの名前は何なんだ』 そのとなりにいたもう一人の犬皮の男は、首をかしげながら、 「ノマリカヤォリノュハマクリレレョマリノヲマキェサクシォエトシクマォクサャ」 『これは、体は大きいが、まだ子供みたいだ。 言葉が分からないようだし、着ている物がおかしい』 と、多少の分析をしてくれます。 「ノシリノマハンヤマティカテォェウクマェヤマティミソャリノサハェ」 『ということは、ヤマトの子供か? まさかヤマトの使いの者というわけではあるまいな』 「コママシハンニォハクイシンイ」 『この子が何か言えば分かるだろう』 そう言った鹿皮の男は、口をパクパクさせて、ミユに何をすれば良いかゼスチャーします。 ミユは、やっと理解できました。 そして、少し安心感が出てきました。 「わたし、どこにいるの? それに、ノボという男の子を探してるんですけど」 男たちは、互いに顔を見合わせ、小声で、ささやき合います。 「シリノシンイャハシュ」 『言葉が、まったくわからん』 <−−−読みづらいでしょうから、現地語で書くのはよしましょう。『』内は、現地語を訳したものと御理解下さい。今後も、現地語はこのような記載をします。−−−> 犬皮の男1:『やはり、ヤマトの間者ではないのか』 鹿皮の男:『いいや、そうではないだろう。身振りにしろ話す気になったということは、親しくなりたいという気持ちがあるからだ』 そのとき、後ろにいた女が言いました。 『以前にも、こんなことあったよ。 ノボがちょうどこんなだった』 犬皮の男1:『なにい、テイタ。よその国からさすらって来たというノボは、この子と同じだったというのか?』 テイタ:『そうだよ。わたしがノボを最初に、この場所で見つけたのさ』 鹿皮の男:『ノボも、こんなふうに言葉がしゃべれなかったのか?』 テイタという女は、うんと頷き、ぽつりと言います。 『言葉がまともにしゃべれるようになるまで、わたしがかくまっていたんだよ』 犬皮の男2:『こいつめ。おれたちみんなに嘘をついていたな』 テイタ:『そんなことないだろ? ノボがよその国から来たことには間違いないんだからね』 犬皮の男1:『言葉を憶えるまで、かくまっていただと? おまえのことだ。何をしでかしていたやら』 テイタ:『ハハハハ、ずいぶんと嫉妬深いんだね。 ノボには、わたしが言葉をみーんな教えたさ。 ついでに、色恋ざたもしっかりとね。 おーっと、これは今でも続いているけど・・ハハハ』 犬皮の男1:『このあばずれめー。おれという男がありながら、なんて奴だ』 犬皮の男2:『ノボはもうすぐ、副首長になる。 こいつ、まっさきに嫁入り候補に名乗り出るつもりだ』 テイタ:『それぐらい、してくれても良いんじゃないかい。 だって、わたしはノボの命の恩人だよ』 犬皮の男1:『かー、まいったまいった。 まあ、おれたちもたまに良い目させてもらったもんな。 しかし、こんなこと、ノボが知ったら嘆くぜ』 鹿皮の男:『まあ、いずれにしろ、このおかしな女の子は、 ノボにいっぺん引き合わせてみるべきだな。 そうすれば、何かが分かるというものだ』 彼らが何を言い合っているか分からないミユでしたが、彼らの豊かな表情の変化を見て、どこか親しみを覚えるミユでした。 こうして、ミユはこの男たちに連れられ、整然とした石垣で造成された高台に建てられた大きな木造りの家に入りました。 柱は荒削りで、太さが均等とはいえませんが、なんと清々しい香りがすることでしょう。部屋の空気は、凛として澄み渡っていましたので、ミユはいっそう安心感を覚えました。 大きな広間の上座には白いひげを蓄えたやさしげな表情の長老たちが座って、話をしています。 ミユは、どこかでみたような人だなあと思いました。 そう、アイヌの人のように思えたのです。 質素な柄の鉢巻を、どの老人もしておりましたから。 犬皮の男1:『長老。こんな少女が、テイタの管理地で見つかりました。 しかし、言葉がまったくわかりません』 鹿皮の男:『テイタの話などから推測しますに、 ノボであれば、何か分かるかと思われます』 第一長老:『おお、なんという奇抜な格好じゃ。それはどういう着物なのかな』 犬皮の男2:『いやー、なんど話しても、かいもく言葉が分からないのです』 ミユは、何が話し合われているか分からないものですから、馬の耳に念仏と申しましょうか、部屋の中の珍しいものにばかり気をとられています。 とりわけ、ミユの目を引いたのは、正面の壁にかけられた牛の頭をした筋骨たくましい人間の絵です。植物繊維で編んだ茶色くなった粗い布の上に、黒と赤の線で描き表わされておりました。 それから、デザインのそれぞれ違う奇妙なお面のようなものが十個ばかり、向かって右手の一段上がった床の間のようなところに整然と並べられており、その中心に二つの角の付いた古くて重そうな兜がどっしりと据えられておりました。 第一長老:『どうしてノボだと、何か分かるというのじゃ』 鹿皮の男:『テイタが、かつて同じような種類の着物を着て現れたノボをかくまって、 言葉などを教育したらしいのです』 第三長老:『ノボはたしか、タニハ(丹波地方)から来たということだったな。 あれは旅の途中で親が亡くなり、漂泊していたとか。 もう今から十年ほど前に、突然ここに姿を見せたのだったな。 それより以前からテイタがかくまっていたというのか?』 第四長老:『その後、ノボは不思議な才能を見せて、頭角を顕わした。 体の育ちもよくて、ほかの誰をもしのいで、いまや副首長候補になっている。 しかし、出所がいまひとつ分からなかった。 まさか、血気盛んなヤマトの人間ということはないだろうな』 第三長老:『うーむ。狡猾なヤマトとしては、もしかするとだ。 この子を差し向けて、ノボに心変わりさせようと企んでいたり しているとは思えぬか』 ノボとミユが謎のタイムトンネルを通って訪れた世界というのは、古代に遡った同じ場所にあった吉備の国であり、ヤマトによって征伐される間際の、まさに桃太郎伝説の時代だったのです。 第五長老:『そんな邪推をすべきではない。あくまでも、ノボは我々の仲間だ。 まずは、この子とノボを会わせてみることだ』 第六、七、八長老:『その通りじゃ。わしらはみんな同胞じゃ。 たとえ少しばかり、人種が違ったとて、どうしたことがあろう。 わしらは、もう十年も気心を許し合ってきたのだぞ』 『そうじゃ。そうじゃ』 『うん、うん』 第一長老:『とにかく、ノボを呼んできなさい』 鹿皮の男が、『分かりました』と言って、部屋を後にしました。 長老の一人が、ミユを手招きします。 ミユは、警戒しています。 別の長老が、にこにこしながら、頭を上下させています。 ミユの顔がほころびました。 また別の長老が、笑いながら腕を交互に上げ下げしています。 ミユは、「くすっ」と笑いました。 第五長老:『からは大きいが、顔はあどけない。まだ子供じゃろうなあ』 第六長老:『ううむ。十二、三才といったところか』 第二長老:『おいで。おいで』 二番目の座にある長老が、手で招いています。 彼の額の真ん中には大きないぼがあって、まるで戎さんのような笑顔です。 ミユはとうとう、その長老のところに行きました。 第二長老:『おお、ようこそ』 長老は、ミユをそばに座らせ、着物を珍しそうに触ります。 ミユ、「いやっ」と大声を出して、こわい顔をして見せます。 第二長老:『おお、すまなかった。あんまり珍しい衣服なものでなあ』 長老は、ぺこぺこ頭を下げました。 「ふふっ」と、ミユ。 周りの長老衆も、どよめきました。 奥からは、ミユがここにきて最初に食べた水蜜桃が運ばれてきて、 ミユの手に持ちきれないほど渡されました。 こうして、いつしかミユは、食べ終わった後の桃の種を集めて、長老たちとお手玉をして遊んでいるのでした。 再会 どれほど時間がたったことか、外で男の声がし、それがだんだん近づいてきました。 「おーい。・・・ミユなのか?・・おーい」 ミユは、聞き知った言葉に、扉のほうを振り向きました。 やがて、声の主は、大きな扉を開けて入ってきました。 そして、少し離れたところから、ミユをしっかりと見ています。 でも、ミユの知っている人ではありません。 「ミユか? そうじゃろ?」 ミユは、「うん」と頷きます。 「おれ、ノボじゃ。憶えとるじゃろ」 「えっ?ノボ?」 「さっき、ここに着いたようじゃな。昔のままやなあ。ミユ」 「ノボなのかどうか、よく分からない」 「そうか。分かんやろな。うん。何から言おう。 ・・おれは、いまからここの年の数え方で十一年前に、ここにやってきたんじゃ。 おれが、あのとき、おまえの手を放してしもたやろ? それが、たぶん時間の開きを作ってしまったんじゃと思う。分かるか? つまり、おれが十一年早うここに来て、ミユはいま遅れてここに着いたんじゃ」 「意味がわからない」 ノボは、ミユを引き寄せ、両肩に手をかけました。 それは、ミユの知ったノボそのものの行為だったことを、ミユは憶えておりました。 「おれは、ミユが来るのを待って、十一年間ここで暮らした。 おれはそれだけ体も大きくなっているし、 あちこち走り回って、顔も体も傷だらけになってしもうた。 いまのおまえには分かりにくいやろけど、ノボなんじゃ」 「うん。なんとなく・・分かる」 「初めの五年ほどは、毎日のようにあの石のトンネルの前に立った。 そして、あたりを探しまわったもんじゃ。ミユが来とらんかと。 けど、そのうち、この土地に慣れて、いろんな役目をさせられるようになって、 探しまわることもでけんようになった。 ミユが最初に出会った女はテイタというんじゃが、 ちょうどあのあたりの菜園を任されとるもんじゃで、 もしおまえを見つけたら知らせてほしいと頼んどいたんじゃ」 ノボは、ミユと向きあって、肩をしっかりつかんで言いました。 「ミユ。おれはおまえを連れてこんかったら、 とうにあのトンネルから帰っとったじゃろう。 けど、ミユは帰り方を知らん。 そうじゃで、ミユを探し当てるまでは、ここにおらないけんと思うたんじゃ。 分かってくれるか?」 「うん」 「そして、もう一つ言うとかねばならん。 おれは、ここで幸せやったし、いろんな役目をもろて、 その責任があって、もうここからは抜けられんようなっとる。 それに、ここの人たちは、みなええ人たちじゃ。 もとの世界以上の幸せがここにあると、おれは思っとる。 ミユ。おまえは家に帰りたいじゃろうな。どうじゃ?」 「うん。でも、ノボは?」 ノボは、首を横に振りました。そして、しばらく床に目を伏せて考え事をした後、 ミユを見つめ直して、肩を強くつかみ言いました。 「もし、ミユがここにいてくれるんなら、おれはおまえをお嫁さんにする。 そしてここで、ずっといっしょに暮らすんじゃ。 おまえがもし嫌やったら、おれがいますぐ帰り道を教えたる」 「ノボのお嫁さん?」 ミユは、困ってしまいました。お嫁さんになるなんて、考えてみたこともありません。ただ、近所のお姉さんたちの花嫁姿を見て、いいなあ、私もいつかこういう服を着るんだ、と思ったことはありました。そして、お嫁さんとして、いつの日かよその家で幸せに暮らすものだと、聞いたこともありました。しかし、いま、じかに言われてみると・・。 かわいそうに、ミユは判断がつかず、うつむいて泣き出してしまいました。 そのとき、後ろからテイタの声がしました。いつしか、テイタが入ってきていたのです。 『ノボ。この子はあんたの言い名付けかなんかかい? 昔からおかしなことばかり言っていたけど、なんだよ、まだ子供じゃないか。 二つ違いというのは、嘘かい』 テイタは、ノボがここに来た頃に着ていた服を持ってきており、長老の一人に手渡しました。 その色と手触りを、長老衆が調べるにつれ、ざわざわと全体の雰囲気が良くない状態になっていきます。 第四長老:『ノボ。おまえ、何か隠してはいないか。 どうもおまえの出所には、分からないことが多い。 ヤマトとの関係を疑る向きもあるぞ』 ノボ:『長老。ヤマトとの関係などは、誓ってありません』 第三長老:『この衣服は、タニハで普通に着ているものなのか? このような手触りのものは、いまだ見たことがないぞ』 ノボ: 『タニハのものです』 テイタがそのとき、狡猾な笑みを浮かべました。 実は、タニハから来たことにするというのは、十年前にノボをこの国にはじめて紹介するときのテイタの発案だったのです。 それでもテイタは、その事実をここでは話しません。 そして、フフッと鼻で笑ったかと思うと、外へ飛び出して行きました。 第四長老:『長老衆。まあ、こうしたことは本来したくないことだが、 いまというたいへんな時局を迎えていることもある。 ひとつ、首長をまじえ、みなで詮議することもやむをえまいと思うが、 いかがだろう』 さすがのノボびいきのおおかたの長老衆も、この意見には従わざるをえませんでした。 第三長老:『この衣服の材料が、どこの産地のものなのか、 交易商人に調べてもらってくれないか』 鹿皮の男:『承知しました』 第一長老:『ノボ。詮議が終わるまでは、この山を降りることは許されんぞ。 その子も同じじゃ。だが、この山間の中では自由にしていて良い。 わしはおまえを信じている』 ノボ:『分かりました』 そのとき、ミユが突然、ノボのほうに顔を上げて言いました。 「ノボ。わたし、ノボのお嫁さんになる」 <しまった・・> ノボは、目の前にいるミユが、ひとり苦悩していたことを忘れていました。 ノボはむしろ、いまこそ隙を見て、あの石のトンネルからミユだけでも、元の世界に戻してやらねばと思いかけていたときだったので、いきなりのミユの決断を聞き、困惑の色を隠せません。 なぜなら、ミユがいまの長老たちの話を理解できていたはずがないからです。 ただ、ノボの申し出だけを頼りに、彼女自身で決意したのでした。 ノボが、ここ十年で培った、この国での生き方の中に、男は自分から言い出した約束は必ず守るということわりがありました。これは、昔から伝統的にこの国に伝わった、男としての誇りのようなものでした。 それがいかに、この頃の吉備の人々のモラルを維持するのに効果があったことでしょう。 その風土になじんだノボにとって、そのことわりを覆すような選択肢は残されていませんでした。 しかも、人の手本となるべき立場に近づいている英雄でもあったわけです。 ノボは、ミユをしっかりと抱きしめました。 この先どうなるか分からない。 しかし、何ごとにも真っ向から立ち向かって行かざるを得ないという決意を新たにするのでした。 「ミユ。お嫁さんにしてやるとも。 この先、どんなことがあっても、おまえを守っていくからな」 ノボは、心の中で、男泣きに泣きました。 「ノボ。わたし、ノボが好きや」 「おれも、ミユが好きや」 「きれいなお嫁さんの着物着せてね」 ノボは、心の涙が外にあふれ出し、泣きながらうんうんと頷きました。 ミユは、ノボがてっきり、うれし泣きしているんだと思いました。 そして、にっこり、笑顔を返したのです。 Comment
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