物語 |
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第一章 プロローグ この物語の舞台は、岡山県総社市です。 ある夏のむし暑い日、総社北小学校六年の信男くんは、下校帰りの途中、低学年の数人の男の子にいじめられている女の子を見つけました。女の子は泣いています。 それほど広くない道の真ん中でのことなので、こうなれば行きがかり上、いじめっ子らを注意してやるしかないと思いました。 「おい。おまえら、男のくせに、女の子をいじめてどうするんや」 見るからにからの大きい信男くんに、男の子らは口答えもできず、逃げてしまいました。 「もう、だいじょうぶや。さあ、もう泣かんと、家にかえんな」 女の子は、涙を袖でぬぐいながら信男くんを見上げて、 「もう、こんなん、いやや」と、つぶやきました。 「よっしゃ。まだあいつら、この辺におるかもしれんで、家まで送ったろ」 「うん」 「名前はなんていうんや」 「片山美良子」 「みよこちゃんか。心配すな。悪いやつは、おれがやっつけたる」 美良子ちゃんは四年生で、転校してきて一ヶ月目。クラスになじめず、いじめの対象になっていたのです。 信男くんは、ここに来てはじめて会う強い味方という感じでした。 美良子ちゃんを家に送り届けると、なんとそこは立派なおうち。かなりの資産家のようです。 しかもそこは、信男くんの家とは目と鼻の先。それなら、これから登下校の時には、一緒しようということになりました。 そんなある週明けの登校時のことです。 「昨日の日曜日、何しとったんや?」 「パパとチボリに行ってきた」 てっきり、美良子ちゃんが家の中で寂しく過ごしていると思っていた信男くんは、二つばかり当て外れでした。なんなら、彼の率いる悪ガキ連の仲間に入れてやろうとも思っていたからです。 「ふ、ふぅーん、そうか。・・おれらは、そんなとこ行かんでも、遊ぶとこ、なんぼでもあるでな」 「でも、おもしろいよ」 信男くんは、少々ふきげんになります。というのも、彼の家は、どこかに遊びにいけるほど裕福ではないのです。 その日、とうとう学校で、ひとつの事件が起きました。 美良子ちゃんが廊下でいつものグループにいじめられているのを目撃した信男くんが、その中に割って入って、リーダーと思われる子供を、思いっきりゲンコツで殴りつけたのです。 その子は、その場で倒れ、大声で泣き出します。周りの子らは、教室に一目散。 信男くんが職員室でしぼられたことは言うまでもありません。 そのあと、厄介なことに、その子の親まで学校に出てきて、信男くんと担任の先生にくってかかる始末。 とうとう、信男くんの親との話し合いということになり、あとで父親からも大目玉をくってしまいました。 「こんな不景気な最中に、よおけ弁償させられて、おまえみたいな者はどこかへ出て行ってしまえばええんじゃ」 酒をあおりながらのお父さんは強烈です。 酒を飲んで暴力を振るうので、三年前にお母さんは離婚し、二人の子を連れて家を出たのですが、長男の信男くんだけはお父さんが引き取っていたのです。 信男くんは、次の日の朝、坊主頭に大きなたんこぶを作って、美良子ちゃんと合流しました。 その日ばかりは、信男くんのほうが、半泣きの様子です。 こぶが痛いからではなく、自分が要らん子やとお父さんから言われたことが、悔しいのです。 「ごめんね。私のために」 「ええんや。そんなことが問題とちゃう。・・ひっく・・ひっく・・」 信男くんは、下校時いつものように美良子ちゃんを見送ると、その日の晩、どうやら野宿したもようです。 「あほんだらあ。おまえみたいな奴は、どこで何しようと、ぜったいに探したらへんからな。勘当じゃ。勘当っ」 夜中、みなが寝静まった頃にも、お父さんの甲高い声は、家の外までよく聞こえておりました。 ところが、それから三日間、信男くんは学校にも姿を見せませんでした。 昼間働きに出ていて居ないお父さんのもとに、夜中に先生から問い合わせが入ります。 「おおかた、幸子(おかあさん)のとこに、いっとんじゃ。向こうを探せ、向こうを」 取りつく島がありません。 日頃仲の良い美良子ちゃんのところにも、先生は来ます。 でも、美良子ちゃんをさしおいて、お母さんが話をします。 「わかりません」 「最近、ここに来たことはないですか?」 「ないです」 信男くんが、美良子ちゃんの家の玄関まで上がったことは、一回だけありました。 たしかに、それ以来、なんにもないのです。 「コーヒーを飲んで行ってよ」と、美良子ちゃんが言っても、玄関で首を振って、気恥ずかしそうに門を出ていくくらいですから。 美良子ちゃんも、心配になります。 いくらなんでも三日ですから、先生は警察署に相談しようという段になりました。 そのような騒ぎの真最中に、信男くんはひょっこりと学校に現れたのでした。 先生は、びっくりしました。 「佐々木(信男のこと)。おまえ、今までどこいっとったんや。みな、ごっつい心配しとったんやぞ」 先生は、急いで職員室に駆け戻り、警察やら協力を仰いだ各方面に、信男くんが見つかったという報告をしました。 そして、先生は戻ってくると、叱り飛ばすようなこともなく、こんなことを言ってくれました。 「おまえみたいなごんたでも、先生は心配なんや」 信男くんは、先生の腕の中で泣きました。 「しかし、おまえとこの家には、帰りにくかろうなあ。先生とこへ来るか?」 「だいじょうぶや。家に帰る」 「そうか。よし。それなら、席につけ」 「うん」 下校時、信男くんが一人で帰ろうとしているのを、美良子ちゃんは追いかけてきて、一緒に歩きました。 「三日間、どこいっとったん?」 「ああ」 「私、信男くんがいないから、心細かったよ」 「まだ、いじめられるんか?」 「だいぶ良うなったけど、まだあかんわ」 信男くんは、立ち止まり、美良子ちゃんの顔をじっと見つめます。 「おまえ、今からおもしろいところ、行かんか?」 「えっ? 今からって、もう遅くない?」 「おれはもう、家に帰るつもりはない」 「えっ。そんなことしたら・・。どこへ行くの?」 「あそこじゃ」 信男くんは、北にある山を指差します。 「あんなとこに、泊まるとこあるの?」 「あ・・ああ。なんぼでもある」 「学校もそこから行くの?」 信男くんは、ひとつため息を吐くと、首を横に振りました。 「いや。学校へはいかん」 「ええっ?」 信男くんは、美良子ちゃんに向きあって両肩を持つと、言い聞かせるように、 「ええか。おまえ、今のままで良かったら、おれについてくる必要はない。ここで、今すぐ帰んな」 と言うと、手を放し、家とは方角の違う、北行きの道を歩き出しました。 美良子ちゃんに、大きな不安がよぎります。 学校生活は、ほとほと嫌なのですが、信男くんのガードで、なんとかここまで来ているのです。 数分の後、信男くんのそばについて歩いている美良子ちゃんの姿がありました。 鬼の城(きのじょう)にて 「美良子。おまえ、怖わないんか」 「ええねん」 美良子ちゃんの家庭も、表面的に何事もなかったように取り繕うようなところでした。 情けない思いをしていることを、親身になって相談してもらえる雰囲気ではないのです。 「よし。それなら、おれのことをノボと呼べ。学校で、みなからそない言われとったんや」 「ノボ? おもしろいな」 「おまえは、ミユや。これは、おれら仲間同志の呼び方や。ええか?」 「はい」 ノボは、ふははと笑いました。 久々の生き生きとした笑顔です。 「ようし。まだ道程は遠い。いざ、出陣じゃ」 「はあい」 「暗(くら)なるまでに、登るぞ。こっから、かけっこじゃ」 「はあい」 二人は、どんどん駆け出します。 でも、山のふもとまで来ると、もう息が切れています。 「はあはあ、ハアハア。 きつかったか? あれ、ミユは少しも息、切れとらんなあ。 上り下りがよおけあったのに。 ミユはタフや」 「そんなことない。しんどいよ」 「よし。そこに涌き水がある。それを飲んで先を急ごう」 ミユが見ると、中に変な虫が泳いでいます。 「ノボくんー。さっき通ったところに、ジュースの自動販売機があったやん。そこで買お」 「あほう。おれは金なんか持ってえへんぞ」 「私、持ってる」 ノボが覗くと、財布は小さいながら、千円冊が何枚かと、500円玉などがいくつか見えました。 「おまえ、やっぱり金持ちやなあ」 「でも、五千円ぐらいで、二人、どこか泊まれるんかなあ」 ノボは、ミユをまともに見られず、あたりに視線をそらします。 「いや。おれの知り合いが、この上におるんじゃ」 「あ、そうか」 「おばあさんやけどな」 「ノボくんの?」 「いいや。こないだ雲隠れしとったときに知りおうたばあさんじゃ」 こうして、二人は、ジュースを飲みながら、山頂を目指し、 もう薄暗くなる頃、ノボの言う目的地に着きました。 あたりには、石組みが地面に剥き出しになっています。大あり小あり、組み方もいいかげんな感じがします。 「ここはなあ、”鬼の城(きのじょう)”というところや。分かりやすう言うと、桃太郎の鬼退治のあったところなんや」 「へーえ、こんなとこ、全然知らんかった。ところで、ノボくん。もうすぐ暗くなりそうだよ」 ミユは、これからの成り行きが心配そうです。 ミユの心配はここでひとまず置いておくこととして、少し”鬼の城(きのじょう)”の謂れと、桃太郎にまつわる史実から解説しておきましょう。 鬼の城の山の上には、その名もなるほどと思わせるほどに、たくさんの石組みが並べられ、埋められています。なぜこんなふうに、わざわざ重たい石を運んできて、石を組んだかについては、よく分かっておりません。 山が風化しないようにしたとか、人が歩きやすいように道路を作ろうとしたとか、戦いのための城だったとか、様々な説が出ています。 とにかく、人が長く居住できるようにはなっていたことは確かで、実際に古代戦争の舞台になったようです。その戦さこそが、今の童話に言う、桃太郎と鬼の戦いだったというわけです。 ここに立て篭もったのは、”ウラ”を頭目とする、鬼の軍団。攻めてきたのは、桃太郎ならぬ、”吉備津日子”という、当時の大和に本拠を置いた、大和朝廷第七代”孝霊天皇”の子孫とされています。 このあたり一帯は吉備の国といい、実り豊かな土地柄だったようです。 大和は、播磨地方(兵庫県南西部)に陣を張り、そこから吉備の国を陥れたとされています。 平定の後、”吉備津日子”は、吉備の国の太守となって土着しました。 つまり、この岡山県のこの地方には、後々に鬼として忌み嫌われた人々の築いた国があって、古代大和朝廷によって滅ぼされたという経緯なわけです。 ”鬼の城”の南東約五キロのところに、”吉備津彦神社”と”吉備津神社”が設けられています。 そのどちらにも”吉備津日子”(親子)は祭られておりますが、とくに”吉備津神社”には、鬼の”ウラ”も祭られていて、そのたたずまいは、”吉備津彦神社”よりも荘重。 ただし、鬼の”ウラ”は、地下に幽閉されるように祭られており、”吉備津日子”は地上の社殿に、祭られるという具合で、つまり大和朝廷の威光を、”吉備津日子”による”ウラ”の押さえ込みという形で達成しようとしているとみられるわけです。 その地下に続く長い通廊の下には、”御釜殿”という社があって、その中では”吉備津の釜”で知られる大釜に入った湯が、毎日のように焚き上げられていて、”阿曽女(あそめ)”という、大昔から世襲制で擁立されてきた巫女が、今でも希望者に”釜鳴りの神事”という吉凶占いの御託宣を与えています。
社の中は、釜を焚く火のすすで真っ黒け。そのお釜のすぐ下に、鬼の”ウラ”が、魂ごと幽閉されているとされ、その釜の鳴る御託宣は、”ウラ”のうめき声と言われて、霊験あらたかだとか。 ところで、この”阿曽女”という巫女さん、もう大昔から、この近隣のいくつかの部落から持ち回りで、若い独身女性を立てて、この仕事に就かせていると、現在の”阿曽女”さんから聞きました。それが、この神社にまつわる古くからのしきたりなわけです。 ”阿曽女”は、誰の魂を鎮め祭るかというと、やはりこの小社におられる以上、鬼の”ウラ”ということになりましょう。それは、古事記の神話にも語られるよう、天のウズメが、陰謀によって殺されたサルタヒコを鎮め祭るのと似た行為だったかもしれないと想像されます。 この”阿曽女”制度は、”吉備津日子”の時代から発足したと思われるふしがあります。 というのは、”孝霊天皇”の子女に、”ヤマトトモモソヒメ”という方がおられましたが、この方は巫女制度の走りになる方なのです。その弟が、”大吉備津日子”とされているので、大いに関係があろうというわけです。 それは、かの”卑弥呼”や”壱与”のしていた国家鎮護のための託宣という仕事を受け継ぐと同時に、この頃は戦争に明け暮れて、先住民を次々と駆逐するようなことをしていたために、その供養の仕事も併せ持っていたと考えられるのです。 いちおう、解説はその程度にしておき、物語を続けましょう。 ノボは、頂上の見晴台のようなところから、さらに少し歩いて、目的の場所を見つけました。 「ここだ」 そこには、まるで祠のような子供の背丈もないほどの石組みがありました。 「ミユ。こないだあったことを少し話しておこう。実は・・・」 ノボは、行方不明になったその日の晩、総社市内を当てもなく歩くうちに、奇妙なおばあさんと出くわしたことを話し出しました。 それによると、おばあさんは、いかにも温厚そうな人でしたが、道路の渡り方が分からず、車の洪水の中で立ち往生していたというのです。 それを見て、ノボは救出のために車の中に割って行ったのでした。 おばあさんの喜びよう。おばあさんのたっての要請で、この山まで送ることになったというのです。 勝手知った道でしたから、何ということはありません。途中で食事をご馳走になり、今と同じように、暗くなる頃に、山頂についたというのです。おばあさんとは言いながら、健脚なことに、ノボはまずびっくり。 そして、この場所に立って、このようなことを言うのです。 「坊ちゃんは、帰るところがないんだろ? なら、このおばあと一緒においで」 図星を言い当てられて、ノボは二度びっくり。 それより前から、もう一つびっくりがありました。 それは、このおばあさん、口をひとつも動かさず、しかも口をつむったままで話ができたからです。 ノボは、てっきり、腹話術の達人に違いないと思ったといいます。 しかし、さにあらずでした。 心で会話するおばあさんだったのです。 このおばあさんとノボは、この奇妙な石組み祠の前でしばらく時を過ごすと、やがて月が南に上ります。 頃合いを見て、ノボに、「さあ、ここを見ておいで」と言うや、月の光が奥まった壁全体に射してきます。すると、石の壁だったはずのものが、月の光のように輝き出したというのです。 「さあ、ここに通路ができた。行こうかね」 「ま、待ってよぉ。すぐにこっちに帰って来れるんだろうね」 「ああ。あんたがそう言うなら、それでも良いよ」 こうしておばあさんと手をしっかり繋いで入り、向こうの不思議な世界で三日ほど過ごしてきたといった話をノボはしたのです。 「だから、向こうにはおばあさんが待っててくれているはずなんだ。『また、いつでもおいで。ここにはあんたたちが知らない幸せがあるよ』と言ってた」 「ほんと?そんなことあるのかなあ。でも、ノボくんがそう言うんだったら・・」 二人は、月が上るまで待つことにしました。 「ねえ、ノボくん。もうふもとじゃ、警察が出て私たちを探してるよね」 「そんなことは、どうでもいい」 「でも、また大騒ぎだよ」 ノボは、不安そうなミユを見て、決心したように言いました。 「ミユ。おれはここまでついてきてくれたミユが好きや。おまえしかおらん。いちど向こうに行ってみて、どんなところか見た上で、嫌やったらすぐに帰ればいいやないか」 「ノボくんは?」 「ミユが嫌やと言うなら、すぐ一緒に帰る」 ミユは、小さく、うんとうなずきました。 やがて月が、あの時の高さに上り、祠の奥まった壁を照らし始めます。 「もうすぐや。手を繋いで入るんやぞ」 「うん。ノボくんを信じる」 と、そのとき、月の光が壁全体を照らしました。すると、あの時のように、壁が月のように白く光りだしたのです。 「よおし、行くぞー」 「ノボくん、怖いよお」 ミユには、怖々の気持ちがあり、後ずさりぎみです。 でも、ノボの自信ありげな態度に、ついて行く決心をしました。 ノボは、背をかがめて中に入り、ミユの手を握っています。白い光がノボの姿を消しました。 ミユも、続いて中に入ったのですが、真っ白な光に包まれて、すごく怖くなりました。 「ああ、あかん」 ミユが戻ろうと、いきなり手を引っ込めた反動で、握っていた手が外れてしまいました。 ノボは、光の中に吸い込まれて行きます。 ミユも、宙に浮いたような感じになり、パニックになってしまいました。 「ミユーーっ。どこやーーー」 「ノボくんー。いかんでーーったらーーー。いやーーーーーっ!!」 けっきょく、二人とも、この光の通路の中に入ってしまったのです。 Comment
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