丹後の元伊勢周辺伝承
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秀真伝に書かれるには、天照大神の神話時代の執政地がこの地である。豊受大神は彼の祖父で、彼の養育全般に関わったとさ
れ、このゆえ内宮と外宮に対置して祭られることになったという。出雲の役人が不正を働いたのをきっかけにこの地で執政されるようになり、この時に、世界を
行幸するために使われたのが、天駈ける舟だったという。 ”流れる”舟岡山とは、地すべりで流れ出す山のことであろうはずがない。またこのような名前の山は、この近辺にはない。豊受大神の舟岡山とは、”山のよう に大きな豊受大神の天駈ける行幸船”のことであったのだ。 それを少なくとも二箇所で繋ぎ止める仕組みがかつてあったのだろう。そのモニュメントが、このツナギ石ではなかったか。 この地には、UFO目撃者も多い。それも、ハンパなUFOではない。数十mあるいはもっと大きいサーチライトのような球体で、下方に明滅する光を放つとい う。それが、何度の目撃の時も、内宮裏の日室岳周辺から出て、外宮裏の矢部山に入っていくように見えるというのだから、まるで神話時代が目の前にあると いった想像を、私などはついぞしてしまう。 目撃者によれば、矢部山の中に地下基地でもあるのではないかと思うくらいだとのこと。 ただこの目撃も、霊的資質のある人物に限られているようなので、地元民といえども、すべてがすべて話題にしているわけではなさそうだ。 古事記の神話にも、石のモニュメントについて書かれている箇所がある。イザナ ギ神が黄泉の国から帰還直後、御身を洗われた時に、投げ捨てた持ち物から生まれた七通りの神々が、それぞれ巨石遺構を語っている。この中のツキタツフナド ノ神という道祖神が、どうやら、このような港石であると考える次第である。 |
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