物語





      幽霊船(ゆうれいせん)

          作/奥人




これは今から九十年も前、明治時代の終わり頃の話である。


私(おくんど)の祖母にとっての祖父・梁吉という人は、知恵者であり、機転が

人一倍きいたという。いわば、一休さんのようであって、土地の無名の人物を有

力者に育てたり、村の窮状を救ったり、罪人を更正させたりと、様々に高徳な働

きをしたと祖母から聞いている。

そのような話の中に、梁吉の機転と知恵が、あの世の亡霊にも通用したという話

がある。



梁吉は、台湾と朝鮮を結ぶ海運事業の軌道乗せのため、持ち前の帆船で息子の国

助とともに何度か玄界灘の道筋を航海していた。

そうしたある冬の夜、乗員六人で玄界灘を航行していたときのことだ。霧が深く

なり、このままでは航行が危ぶまれたので、夜は通常、見張りに一人立たせると

ころを、この時は二人立たせて、残りの者とは何時間かごとに交替することにな

った。



事業主の梁吉も船長の国助も仮眠していたとき、甲板が急に慌ただしくなり、見

張りの一人が船室に飛び込んできた。


「おお、船長。起きてください。

 前のほうに船が居て、近付いとるんじゃ」


国助は急いで起き上がり、顔を両手でこすると甲板へ出た。



霧でぼやけているが、いくつものカンテラの光らしいものの連なりが見えた。


「まん前に居るなあ。こっちのランプも、

 もう三つ四つ点けてきてくれ。進路、取舵いっぱい」


操舵手が舵を左にいっぱいに切った。



船が大きく傾くと、やがてぐうっと相手の光が進路前方から右にそれていった。

だが、何かがおかしい。光が、また進路にかぶさるように入ってきたのだ。


「なんだこれは、とてつもなく速いじゃないか」


まだ正体が何なのかはわからない。ただ、光が大きさを増したから近付いたこと

はわかる。それにどうやら光の高さ加減から、こっちよりも大きな船のようだ。

船員達は異常な光景に、ただ光のほうを見入っていた。いつしか国助が舵を握っ

ていた。前方に光が回ったとき、面舵をいっぱいに切った。大きく船は傾いた。


「どうか間違いであってくれ」



だが、向うの光は願いに反して予感どおり、また前面に急速度で回ってきた。

「こいつは、噂に聞く幽霊船だ」と、国助が震えと脂汗の中で思ったそのとき、

霧の晴れ間からカンテラを点けた幽霊船の右舷がついに見えた。それは波間を滑

るようにして進んでいるのだった。



「船長、もう駄目だ。あいつは気違いだ。おれたちと心中するつもりらしい」


「俺はまだこんなところで死にたくない。どうにかならないか」



みな蒼白の顔をして、甲板をただおろおろするばかりで、近付いてくる船を眺め

ていた。

国助は、なんとか相手をかわそうと必死で、もう一度取り舵を切ろうとしたとき、

後ろから梁吉の大声がした。


「国助よ、やめておけ。これは幽霊船に違いない。ならば、実体があるとは限る

まい。もうここまで近付いたら、どうにもならん。みんな、うろうろせずに船室

へ入っていなさい。幽霊なら相手にしなければ去っていく。さあ入れ入れ」



国助は舵を放し、皆放心したように船室へ向かったが、現実に見えるものに対し

てどうして平静で居られよう。皆、固唾を飲んで衝突の時を待った。

梁吉は、玄界灘に幽霊船の出るという噂は聞いていたが、どう処すれば良いか

まで知っていたわけではない。玄界灘の荒海のため、多くの船が遭難し、多くの

者が犠牲になってきた。だが、誰弔う者もないため、浮かばれぬ霊達が仲間を求

めて幽霊船を繰り出し、生きている者を同じ境遇に引き込もうとして、甲板に居

るものを慌てさせ転落させたり、舵取りを誤らせて船を転覆させたり、暗礁に導

いたりするという。ならば、こちらが動じなければ良わけだ。



間もなく正面衝突するまでになっていただろう。皆押し黙り、ある者は目を堅く

閉じ、背中を丸めて震えた。目をぎょろぎょろさせて何かに拝んでいる者も居た。

梁吉は腕を組んで天井を見すえ、国助は歯を食いしばっていた。



カンテラを煌々と点けた舳先の大きい船が、まさにこの船に衝突するという光景

が皆の脳裏をかすめた。今がその時と思われた瞬間だった。


「ボオオオ〜ン」という鈍い響きがして、やがて蒸気のようななま暖かい空気が

皆の顔の前をよぎっていったのだった。



ひとしきり置いてみな外に出てみると、あの船はどこにも居らず、あれほど濃か

った霧は薄らいでいた。



私の祖母の父である国助は、その後の航海のなかで、何度か幽霊船に遭遇し、火

を出して燃える海からそそり立つ山の幻影などを目撃したという。


こんなことが何度もあったにもかかわらず、国助は十八才から航海を始め、六十

才で船を下りるまで、一度も遭難するようなことはなかった。それというのも、

航海するときは必ず、着衣などを海に投げ入れて、死者の霊を心から弔っていた

からであろうということだ。







comment

人間には心があり、心があるから不思議な存在に
なりうるように思います。
科学万能の世に、幽霊船などないところですが、
古老の話を聞いてみると、
そのような例は世の中にごまんとあって、
心のエネルギーの凄まじさを
物語っているかのようです。


 






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