物語 |
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作/奥人
【今号の梗概】 着いた先は、
爺絶倒(ジーゼット)星の奇談
ストレッチャーごと運ばれた先は、緑の苔の一面に 生えたような広場で、しかも公衆の面前だった。 公衆といっても、みんなカエルのような顔だちをしている。 そうか、ここは進化の過程で、こうした形態へと変化したのであろう。
ひょうきんな、それはひょうきんな風貌であり、 彼らにも年齢、性別があるには違いないが、 まったく私には区別がつかないのだ。 ただ、大小があって、それだけは大人と 子供の差であろうかと思われた。
それより、見上げる空が異様に赤みを帯びている。 赤紫色なのだ。私は大気の相違に、 また呼吸できないという強迫観念に捕らわれかけた。
私:「はあはあ、ぜいぜい」
ティシュ:「ネアン、どうしたの?」
ティシュがすぐ隣にいた。その声にオマールもやってきた。
私:「ここの大気は僕には合わないかも知れない」
オマール:「そんなことはない。 君は薄膜でちゃんと覆われているじゃないか」
そう言われれば、私はまだ半透明の、光の加減によって 玉虫色に変化する膜に覆われている。
オマール:「その薄膜は、君の体の要求する環境に 自動的に整えるものだ。 絶えず薄膜を通して、この星の大気と元素交換が なされているから、大丈夫のはずなんだが」
そう言われてみれば、特に苦しくはない。 気にしすぎなのだ。
一時的にもあわてふためいたためか、 公衆の目が一斉に注がれていた。 私は横になったまま彼らを眺めまわしたが、 彼らも一様に、私を覗き込んでいた。
私の横には、ティシュやベンザがいたが、 よほど私は珍しい奴であったに違いなく、 サファリパークで、孤独にも野生に監視される 見物客のようだった。 だが、恥ずかしいという気が起きなかったのは、 彼らを下等動物と見る先入観のせいだろうか。
先に行ったオマールが、向こうの お偉がたと思われる人?物と、 身振り手ぶりを交えながら、何か話しをしている。 2人が互いに抱き合ったときに、 周りから歓声のどよめきが起きたので、 親善ムードが高まりつつあるのは間違いなかっただろう。
オマールは2女性を手招きで呼んだ。 すると、よせばいいのにティシュは私の寝台も、 共に押していくのである。
お偉がた(総理大臣):「お二人はこちらへどうぞ。 こちらは、地球人のかたとか。 具合が良くないとのことなので、 病院のほうに御案内しましょう」
さすが、コルゲンさん、肋骨を治しに連れていって くれそうだと思ったのはいささか早計だったか。
ベンザ:「いいえ、この人は私たちの 目の届くところに居させてください。 治療法は私たちが良く知っていますから」
オマール:「しかし、そんな身勝手をしている場合じゃないぞ」
ティシュ:「いいえ。絶対にだめよ」
総理大臣:「よろしいではありませんか。 会場はあすこですから、地球の方を貴方様がたの 目の届く一番近い特等席におつけしましょう」
見れば、そこは小高い丘のように円形に 盛りあがっていて、かなり大勢の人が 秩序整然と周囲を取り巻いていた。 お見合いは、その丘の上で、衆目の中で行われるのだ。 すでに、お見合いの相手らしきカエルたちが、 礼服姿で丘の上を歩きまわっていた。
まるで、大相撲かプロレスの試合みたいじゃないか。 所変われば品変わるである。もしかしたら、 この上で実際にタッグマッチでも始まるかと思われた。
私は、寝台ごと、土俵ならぬ丘のかぶりつきの 貴賓席らしき並びに置かれた。 左隣には、きちんと礼服で正装した 穏やかな表情のカエルさんが座っていた。 私がちらっとそちらを見ると、向こうも私のほうを向いた。
正装のカエルさん(接待大臣):「あなたはどこから来られたのかな。 スーリア星?それとも、アイアガイ星?」
私:「地球です」
接待大臣:「え?そうなのかね」
私:「御存じですか」
接待大臣:「ああ。噂には聞いてるよ」
その時、私の右隣に居た白い服を 着たカエルさんが話してきた。
白い服のカエルさん(接待大臣夫人):「地球なんですって? そこって大変なんでしょ? それでそんな風な病気になられたの?」
私:「いえ、これはちょっとした船酔いです」
接待大臣夫人:「あらそう。じゃあ、あなたの星での生活のせいじゃないのね」
私:「私の星での生活が何かしましたか?」
接待大臣夫人:「あ、そう。違うのね。とすると、あなたは政府のお役人かしら」
私:「いえ。私はお役人なんかじゃなく、一般人ですよ。 一般人が健康じゃあ、いけませんか」
接待大臣夫人:「あらー。噂では、みんな ボロ雑巾のようになっているってことだけど」
私:「そんなことはないっすよ。 誰がそんな噂を立ててるんですか。 未だに我々のことをちょんまげスタイルだとでも 思ってるんじゃないでしょね」
接待大臣夫人:「チョンマゲ??そんなのは知らないけど、 あっちにいる外務大臣から聞いたものだから、 てっきり正しい情報かと思ってたわ」
外務大臣と言えば、お偉いさんだ。 そうか、ここは星間交渉の場なのだ。
私:「とすると、ここは、皆さん政府のかたですか?」
接待大臣夫人:「この最前列は、みんな大臣ですよ。 ほら、あそこに居るのが総理大臣。隣が奥さん。 その横には宇宙連邦代表の夫妻もいる。 私の主人は渉外大臣。 ほら、あなたがおしゃべりしていたのがそうなの」
成り行きとはいえ、偉いところに運ばれてきたものだ。 もし日本では、たとえごめん被りたくても、 一生こんな栄誉ある場所に置かれることはあるまいに。 と、左を見やると、呼応するように 紳士ガエルさんは顔を向けた。
接待大臣:「私は渉外大臣とは言うけれど、至って閑職でね、 星間要人の夜間の接待だけを仕事にしているんだよ。 接待大臣とも言われている」
私:「それだけのお仕事ですか」
接待大臣:「そうだ。私邸が立派なもので、 迎賓館として利用していただくことになっている。 何の知識もいらん。 ほとんどの星の料理をマスターした料理人が いざとなればいつでもやってくる。 私は、ただ星々の間で起こる とりとめもない四方山話をして、お客さんをくつろがせる。 それが私の仕事のすべてなんだ」
私:「地球のあられもない噂が立っているようですが、 訂正願えませんか。 我々がボロ雑巾だなんて、時代錯誤もいいとこですよ」
接待大臣:「私はそんなことはしらん。 他の大臣がしているような話は、 私には何の興味もない。 私はただ、お客さんが大いに楽しんでくれる、 それだけでいいんだ」
私:「そんなー。 僕は、そういう噂話の真偽を明らかにすることに 楽しみを感じるんです。 れっきとした客としての楽しみなんですぅ」
接待大臣:「こりゃ、変わった人だ。そんな客人は初めてだ。 みんな精一杯ハメを外して楽しむというのに」 カエル紳士は、目をパチクリさせた。
そうしているうちに、土俵上では、オマール兄妹と 相手方の男性や世話役がそれぞれの席につき、 タキシードを着たカエルの司会が第一声を上げたのだった。
司会者:「ただ今より、お見合いの儀、取り行わせていただきます。 えー、このたびは、サテュロス星より、 我がジーゼット星に興し入れ願うという、 歴史的に初めてのめでたきお見合いの儀でございまして、 今後両星の友好と親善に欠くべからざる 交流のさきがけになるものと・・・」 どこでも似たような祝辞の挨拶とはなった。
ところが、その後が奇妙なのだ。 ティシュとベンザの座る前にテーブルが置かれ、 その向こうに向かい合うように新郎候補が座った。 その両脇にお互いの星の仲人や世話役が座って、 両陣営が互いに質問をぶつけ合うのである。
それは一対一でなされており、時には3組も4組も がやがやと話を飛ばし合って、何がどうなって いるやら、聞き手には不明瞭窮まりなかった。
ただ、土俵の上方に、赤から緑にまで 色彩変化する30センチ四方くらいのパネルが、 それぞれの人に対応するようにぶら下がっていて、 言葉のやり取りのつど変化するのだ。 右隣の大臣の奥方は、それをじっと見ながら やり取りに傾倒している。
私は、「何を言い合ってるのか分かります?」と 左の旦那の方に聞くと、
接待大臣:「私にはわからんよ。 話をまとめようとしていることは明らかだろうがね」
それを聞いて一安心。 どうやら聖徳太子みたいな連中ではないらしい。
私:「上にある光るパネルは何ですか?」
接待大臣:「そうか。君は知らなかったんだな。 あれは心の中のイエス、ノーや その他の感情を表示する装置だ。 あれによって、互いの好悪の感情を知ることができる。 どこかの後進星のように、 言葉と思いが食い違うことがないために、 話が相手の納得度と好感度を高めることだけに 費やされて、手っ取り早く済んでしまうし、 後々のトラブルが少なくて済むんだ」
なるほど、腹のさぐり合いとか根回しなどといった 面倒な過程が省けるということか。
接待大臣:「緑になれば、うち解けた証拠なんだ。だが・・・」
見れば、ほとんどの人のパネルが黄色か緑なのに、 ティシュのパネルだけはどんどん赤の深みを増している。
場内の観客同士も、そのことについて あれこれ話し始めるようになり、ざわついてきた。 その喧噪の間に、私もさっきの話に決着を付けたいと思った。
私:「地球人が誤解を受けている件ですが・・ 聞いていいですか」
接待大臣:「愚妻の言ったことをいちいち気にしちゃいかんよ」
私:「いや、奥さんの考えは、 連邦が地球をどう思っているかの裏返しでしょ? 僕は、一般的に地球がどう思われているのか 知りたいんです」
接待大臣:「地球が苦労性の星なのは、仕方ない部分もあるんだよ」
私:「ということは、やはり・・・。 その、仕方ないとは、どんな事情があるというんでしょう」
接待大臣:「連邦加盟星はどこも平和だ。 その平和は、構成する者みなで維持していくものだ。 構成者が平和を愛好する者ばかりであれば、 平和が維持されるばかりか発展すらしていくものだ」
私:「確かに、地球には平和愛好家は居ても、 そうでない者も居ますね。 その彼らが引っかき回している感じはあります。 でも、そうした者も生活環境や生い立ちが 良くないために必然的に発生して来るんだから、 仕方ないですね。ここは、そんなことはないんですか?」
接待大臣:「昔はあったんだよ。が、今はほとんどないな。 それは生活環境が良くなったこともあるが、 最大の理由は、構成員を精選してきたからなんだ」
私:「精選とは?」
接待大臣:「精神の資質によってだ。 我々の星も、はじめ君らのような世界が広がっていた。 そこに革命が起きたのは、 心理を検出することのできる観測器の発明によってだった。 初めの頃、心の中が誰の目にもあからさまになることを 恐れた者たちの多くの抵抗運動があったが、 やがて収束したとき、あらゆる者の精神状態が 飛躍的に向上したのだよ。 心と言動の一致しない詐欺師は姿を消し、 心の赴くままを素直に行動に移せて、 なお恥じることはなくなった。 互いが互いの心の内を見合って、 寛容さと信頼関係が一気に花開いたんだ」
私:「僕の星だったら、プライバシー侵害で 大問題になりますね」
接待大臣:「その反対運動家というのが、 およそ詐欺師で占められていたのは皮肉だった。 だが、潮流には勝てず、 およそが悔いて心を恥じないものにした。 しかし、中には難しい者も居て、好戦的な者、 制圧的な者、偏執的過ぎる者、独善過ぎる者、殻を閉ざす者、 いつまでも2枚舌を使う者は、周りから疎外され孤立して、 やがてどこかへ去っていったんだ」
私:「どこへ去ったんですか?」
接待大臣:「魂の輪廻の果て、 この星では自己実現を図ろうとして果たせないから、 それに相応しい環境の星に去ったんだ」
私:「もしかして、地球?」
接待大臣:「それ以外にも幾つかの星にな。 時によっては、連邦が場所を斡旋して、 用意した船で大挙して連れていったこともある」
私:「連邦までが?だったら、 地球は平和な星に永久になれないかも知れませんよ」
接待大臣:「どうして」
私:「だって、そんな問題児ばかり送り込まれていては、 質が向上するわけないじゃないですか」
接待大臣:「荒くれ者達は、互いに摩擦しあって、 やがて角が取れて丸くなると聞いているんだがね」
私:「川の中の石ころじゃあるまいし。 今地球は、公害と産業廃棄物の山が処理しきれず、 今にも駄目になりかかっているんですよ。 それと同じことでしょ」
接待大臣:「そうなのかね。オーバーワークになっているのか。 そのこと、連邦は知ってるのかな」
私:「あなたから聞いてみて下さいよ。 連邦代表も来てるんでしょ?」
接待大臣:「あいにく、私は何にも専務大臣だから・・」
私:「ギャグでごまかさないで下さい」
接待大臣:「分かったよ。晩餐会の時、それとなく聞いてみよう」
私:「それとなく、じゃなく、真剣に」
接待大臣:「はいはい。約束しよう」
その頃、土俵上では、いよいよティシュが、 パネルを真っ赤に染めていた。 ついに黄緑色に変じたベンザまでもが、 ティシュと新郎候補との仲を取り持とうと、 話に加わっていた。オマールはついに怒りだし、 周りがそれをなだめ、止めようとする。
パネルだけ見ていると、みんなの感情のうねりと激変を 物語ってか、まるでパチンコ屋のネオンサインであった。
その時、ティシュが突然座を外して、土俵を降りると、 私のところに駆け寄ってきたのだ。 それは、勇み足ではないのか。
ティシュ:「ネアンー。助けて!!」
ドーンと、私の寝台に飛び乗るや、しがみついてきたのだ。 さながら場外乱闘。 ボキボキッ、バキッ。
私:「ギャーーア」
恐らく、肋骨は全て、腕や鎖骨その他多数が 折れたことであろう。激しい痛みに薄れゆく意識の中、 次のような言葉を聞いた。
ティシュ:「私はこの人を選びます」
ええっ。当惑する私の心。視界は真っ暗になり、 ギィーーン、シュバーーー・・・・・・。 ついにジェット音が耳の中にこだまし、 全ての音はかき消されてしまった。 どうなるか、ネアン。
comment
最後に主人公、えらいことになっていますが、 科学の進んだ爺絶倒星のこと、 息を吹き返すことが前提なのでご心配なく。
また、地球もそこに住む人類も、謎の存在です。 ここでは見込みのない星のように書きましたが、 いずれそうでないことが分かります。 馬鹿げた話ではありますが、 次号ご期待。
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