物語





      狸の子預け(たぬきのこあずけ)

              作/奥人




これも祖母から聞いた話である。



むかし、広島県沼隈郡には七つの村があった。その中の浦崎村での話である。

いちばん海辺にある道越というところに、一人の漁師が住んでいた。

その日、いつものように漁をするために、本土から橋を使って戸崎島に渡ろうと

していた。

ところが、奇妙なことに、海辺にぽつんと漁師のほうを見ている一匹の動物がい

た。不思議に思い、近付いて行っても、逃げるふうがない。よく見ると、それは

狸だった。



「おいおい、おまえ、こんなところで何しとる」とは言ってみたが、狸がしゃべ

るはずもなく、相変わらずおとなしく、漁師を見上げているのだった。



漁師は、狸がこんなにおとなしいのなら、飼ってみたいという気になった。


「そうしているということは、おまえを連れ帰っても良いという

ことなんだな」


そう言って、首に綱をつけて、連れて帰ろうとした。すると、狸は素直について

くるではないか。漁師は、綱をひどく引くこともなく連れ戻った。



不思議に思いながらも家に帰ると、鶏小屋の鶏をみな外へ出して、代わりに狸を

入れた。そして、魚をやると、うまそうに骨も残さず食べるのだった。


「なんと素直な狸じゃ」と漁師はつぶやいた。


次の日、狸に食べさせる魚も必要とあって、漁に出かけた。

すると、昨日見たのと同じ場所に、狸がまた一匹いるではないか。

昨日と同じように近付いても、またもおとなしく見つめているだけだった。


「おまえも、どうしたというんだ」


連れて帰ろうかといっても、漁をせずでは何にもならない。

そこで、狸をそのままにして、戸崎島に渡って、漁を済ませることにした。

多少の心配が入り混じった夕方の帰り道、やや場所を移動していたものの、

狸はまだそこにいた。


「おお、まだおったか、よしよし」と、漁師は同じようにして、連れて帰った。



よもやと思ったが、三日目も同じだった。今度は、その場に置き去りにするのは

かわいそうに思えたので、戸崎島へ一緒に連れて渡り、傍らにおいて漁をした。

狸は、終始おとなしく、釣り糸を垂れる漁師を見守っていた。



こうして、四日目、五日目と同じことが続き、鶏小屋も手狭になって、竹を組ん

で新しい小屋をいくつも作っていった。

だが、七日目になると、さすがに漁師も気味が悪くなり、見立てが確かで評判と

いう村の拝み屋さんに見てもらうことにした。



拝み屋さんは、念入りな御祈祷を済ませると、こう言った。


「村の山奥に、年老いた狸がおって、それが子供を作りすぎて、

手に負えなくなり、代わりに育ててくれそうな人を頼って、

子供をよこしておるのだ。およそこれぐらいの数は、よこすだろうのう」


そして、両手の手のひらを広げて見せた。

親狸は、子狸のそれぞれに、人に可愛がられて生きるすべを教えているのだとい

う。漁師は、「ほーっ」とため息をついた。



そして、拝み屋さんが言ったとおり十日目、都合十匹で、海辺にもう狸は現われ

なくなった。

この不思議な噂は噂を呼び、漁師仲間たちがかなり遠方からでもやってきた。

手土産として捕れた魚をぶら下げて。この有様だから、狸がたくさんいても、え

さの不自由はなかったという。



(祖母は終わりにこう言った。「だから、畜生だからといって、あなどってはな

らない」と)







comment

動物は一般的に野生の生き物といいますが、
けっこう人間界の暮らしぶりを観察しており、
いざというときには、
人間の知恵を頼ってくることがあるようです。
そのようなとき、
私たちはこの話の漁師のように温情的でありたいものです。










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