物語






      異聞・酒呑童子伝[後編]

                  作/奥人






(丹後・鬼の交流博物館の上方にある彫像)





「鬼ども、覚悟せい」と、斬鬼は、

まずシッテムの横に座した屈強な三郎坊にまず刀をふり下ろしました。

三郎坊は、両腕を組む形で防御しましたが、

二刀目で腹を刺されて血を吐きました。


次はシッテムの肩から袈裟掛けにふり下ろされました。  

血が吹き出る中、シッテムは言い放ちました。


「何と卑怯な。我らに一切の横道なきものを」  


横道とは、よこしまな考えに基づく行為や騙す行為のことです。

そう叫んで、息絶えました。

その声はは甲高く凄まじく、都まで届くかと思われました。  


婦女子が泣き叫んでおります。

大部屋のあちこちで、動けなくなった鬼達に、

次々と刃の雨が降り注ぎました。  


こうして斬鬼一人で八鬼を斬り殺したのでした。

そして、その偶然を、自ら継体朝時代の求菩提山の

八鬼退治の功業になぞらえてみるのでした。  


あちこちに血を流して転がった鬼の死体を見て、

「わしは鬼退治をしたのだ。

だが、こいつらはまだ祟ったり化けたりする力を持つと聞いておる。

首と胴体を切り離すのだ。

首は陰陽院に持ち帰って、魂を封じてもらう」

と言うも、いかにも後味が悪そうな表情でした。  


それはそうでしょう。狂暴と聞いていた鬼達が、礼節を知る者達であったこと、

たとえ粗暴な心根の者にも多少はこたえたのです。  


刃こぼれした刀は、首を切り落とすには都合良いものとなりました。


手下三:「女はどうした」


手下二:「ぎゃあぎゃあ泣くから、同様に斬りつけちまったよ」  


切り落とされた首を見て、

「これでは鬼とは言えまいな。都人が納得するまい」とまた別の一人。  


そこで斬鬼が、

「顔をもっと鬼らしく見せるのだ。口を耳まで裂いてしまえ。

目をくじり出しても良い。

そうだ、酒呑童子は、こっちの奴だったということにしよう」

と、一番屈強そうな三郎坊を指しました。


斬鬼:「これが首領だ。そういうことでいいな」


手下二:「こんなたくさんの首は持って帰れんぞ」


斬鬼:「首は五つばかりで良い。各自が一つづつ持って帰る。

残りは裏の谷底に放り投げておけ」


手下二:「だが、化けて出んだろうか」


斬鬼:「おまえも馬鹿だな。首と胴を切り離すだけで十分だ。

持って帰ったとて、あんなエセ陰陽師に何ができるというんだ。

わしらの戦勝の証拠として見せつけてやりさえすれば良い。

へへ、これで大金持ちだ。それに物凄い噂になるぞ。

天下にわしらの名が轟くんだ」  


こうして、翌朝日がやや昇りかける頃、

各自一つづつの首を布でくるんで山を下りたのでした。  


杉家の家人が客人を迎えにと庵に立ち入ったのは、その後のことでした。

惨状を見て、山を転がり落ちるように戻って、

大騒ぎになったのは昼過ぎのことでした。

家人が手分けして一行を捕まえようと、山を、里をと探します。

むろん職業武人ではない杉家では、まともな装備とは言えませんが、

刀を駄目にしてしまった斬鬼一味には立ち向かうすべなどありません。

一味はとにかく人目を避け、夜陰に紛れて都を目指して帰ったのです。


五日の後、あの陰陽院に一味は現われました。


陰陽師:「なに、見事しとめたとな。間違いはありますまいな」  


血に染まった布を取り除けると、異臭が辺りに立ち篭め、

陰陽師は袖で鼻を押さえて、遠目から首を眺めました。


陰陽師:「おお何と異様な顔。これぞ酒呑童子か。片目がないようじゃの」  


そこで、もう一人の陰陽師が異議を差し挟みます。


別の陰陽師:「このような首は、どこかの武骨者からでも取ってこれますぞ。

何か遺品のようなものは?」


「いやこれだけだ」と、残る四つの首もさし示しました。


別の陰陽師:「それも開けてくだされ」  


手下の一人がシッテムの首の布を取ったとき、やはり口は耳まで裂かれ、

顔に傷がたくさん刻まれていましたが、陰陽師は、

「たしかに鬼は討ち取られたようですな」と言いました。  


次は駆け引きの段です。

それでも「口が裂けているようだが、いかがしてか?」と

白々しい因縁を切り出す陰陽師に、

「この妖怪、正体を見せようと変化しはじめたところを、

一刀のもとに仕留めたのでござる」と、なかなかしたたかな返答。


「そう、みごと一刀のもとに」と、手下の四人。

この陰陽師は、さまざまな計略を授けただけに、

鬼達がどのように殺されたか想像できておりました。


「よろしかろう。賞金はそなた達のものとなりましょう。ただし・・」

と、もう一つの計略を怠りません。


別の陰陽師:「本当に鬼が退治されたものかどうか、確認せねばなりません。

鬼はもっと数が多いはずなので、討ち洩れがあるやも知れませんでな。

そのために再び鬼の土地に誰かを派遣せねばなりませんが、

それはれっきとした武将にやってもらいます。

さしづめ、源氏の頼光殿にでも。

そして少しでも鬼に繋がる者があれば、捕まえねばなりません」


斬鬼:「うへ、かつての主人の頼光かよ」


手下二:「おいおい、賞金はすぐに出るんだろうな」


別の陰陽師:「ご心配めさるな。酒呑童子の首はここにあります。

賞金は紛れもありません。

ただし、鬼の一族は、すべて殲滅せねば、またすぐに増えますからな。

それに、これらはいかに鬼としても、このようなひどい殺され方をしたなら、

根深い恨みを持ちましょう。

鬼たるものにも誇りがあります。貴公らのようにまだ

名もない武人に不覚にも殺されたとなら、死んでも死にきれますまい。

それはいかに陰陽の符術で押さえようとしても、かなうものではありません。


そこでどうでしょう。この手柄を貴公らの元の主人に預けては。

これを手土産とあらば、破格の扱いは間違いありません。

源頼光殿は、今や化外の民を平らげて、その道では武勇を馳せておられる。

これに討ち取られたとなら、鬼としても本望。

祟りも軽減されようというものじゃ」


斬鬼:「祟り?そんなものは恐くあるかよ。

わしらはわしらの名前を有名にしたいのだ。坂東の斬鬼、ここに在りとな。

そうすれば、人もわしのもとに自ずと集まる。それらを束ねて・・」  


すかさず、この陰陽師、「束ねて、次はどの鬼を討たれるおつもりか」と口を挟めば、

「鬼はもう相手にせん。気持ち悪いだけだ」と斬鬼。

陰陽師にとって願ったりの返答を返します。


別の陰陽師:「そうですか。しかし、この道で有名になれば、

おそらく朝廷からは更なる辺境の鬼退治が申し付けられましょう。

頼光殿には、熊野征伐が予定されておりますが、残る候補地は

蝦夷、熊蘇など辺境ばかり少なくとも三つはあると聞いております。

お断わりすれば、腰抜け呼ばわりされ、

悪くすれば反逆者として追討されましょうしな。

ここは、頼光殿にこの手柄と見返りに仕官なされてはいかがか。

私が渡りをつけましょうからに」


斬鬼:「やめてくれ。わしの実力が認められれば、まともな仕事も・・」


別の陰陽師:「こたびのこと、貴公の実力でできたことですかな?」  


この男は、単純で情動が短絡的であったせいか、理屈にはとんと弱いのでした。


斬鬼:「ええい、わかった。そうしよう。

だが、高く取り立ててもらわねばおれんぞ」  


こうして、斬鬼はもう一度、頼光の家来となりました。名は、放蕩の

斬鬼ではなく、元の名に強さを加えて、ヽヽ斬鬼黒綱と名乗りました。

そして、さっそく頼光と四天王を案内して、

大江山に鬼退治の実況検分に行くことになったのです。  


一方、酒呑童子の首は陰陽院で術をかけられた後、

取り違えられたまま、都の南玄関、羅城門の前にさらされ、傍らに

「勅命により、源頼光、剛勇の四天王を副へ、

大江山を根城に悪業の数々を働いた酒呑童子と鬼の一味を退治せり」

といった高札が立てられました。


鬼に対する見せしめの意味もありましたが、

都を魔除けする意義が大きかったのです。

古来、わけ有りで反逆の忠罰を受けた者は、斎き祭られることで

逆にその土地に対する守護力を発揮すると信じられていたようです。

このため、五つの首は吹きさらされているとはいえ、

簡単な屋根の付いた祠に安置されていました。  


さて一方、忠光と家人たちは、大江山の虐殺騒動の渦中、

切り殺された者たちの亡骸を葬るべく、首を谷から引き上げ、

不明な胴体と一致をとる作業を進めておりました。


「ああ、なんということだ。私がお引き留めしたばかりに・・・。

こういうことなら、宮司様のご意見に従って、

無理にでも蝦夷地に下っていただくべきだった」


首と胴の一致のとれた遺体を土中に一体づつ納める都度、

忠光の悲しみは、天にも地にもこだましました。


首の見つからないシッテムたち五人の胴体を土中に葬ろうとしたとき、

不思議なことが起きました。

血の固まった首の部分から、赤く淡い透けるような光が出て、

頭ほどの大きさの火の玉となり、忠光の前に整然と並んだのです。

そのうちの一つが、シッテムに姿を変えましたが、

頭だけが揺らめくかげろうのように消えたり現れたりを繰り返しておりました。


忠光:「おお、シッテム殿では・・・」


驚く忠光に、霞むような力のない声が聞こえてきました。


シッテム:「無念です。横道はなぜ世にはびこるのか。

横道の前に、正道は封じられて良いのか。

我らは今、荒涼とした暗闇の中をさまよっております。

我らには、光を見るための首がないのです。

どうか、お願いです。我らの首を取り戻してください」


忠光:「いま、貴方様の首はどこにあるのでしょう」


シッテム:「横道者の武人によって、都に持ち去られました」


忠光:「都・・?で、いったいそれは誰です?」


シッテム:「分かりませぬが、その機会があります。

彼らは再びこの地に来るでしょう。成り行きに任せてください。

私にはそれでよいと感じることができるのみです」


忠光:「分かりました」


シッテム:「それから我ら五人の亡骸は、焼いてください。

そして灰をとって、同じ壺の中に一緒に納めてください。

そしてその中から、ひとつまみを紙に包んで、

肌身離さず持っていてください。

我らが陰ながら貴殿の道行きを守りますゆえ」


忠光:「心得ました」


そう言うと、シッテムの姿は、五つの赤い揺らめき共々、闇に消えていきました。


言われたように、首のない亡骸を焼きました。暗闇に白い煙が上がりました。

夜が明けても燃え続け、昼になる頃、

そこには人の形に灰がつもっておりました。

まだ固い骨もありましたが、誰かれのものとなく壺に入れていき、

最後に一番上のさらさらした灰を和紙にとって何重にも畳み、

それを腰ひもに縫い付けました。


壺は、他のみなが眠るそばに納められ、小さな石碑が建てられました。


大騒ぎの十日が過ぎ、二十日になる頃、ようやく一つの

諦めに似た休息がやってきました。しかし、それも束の間でした。  


源氏の武士団がやってきたのです。

大江山を分け入る中で、一人息巻いて、

あの時はああだったこうだったと話にうち興じている目付きの悪い武将に、

地元の責任者として付き合わされた忠光は非常につらい思いをしました。

その後は、鬼との関わりを厳しく詮議すべく、都に連行されました。  


忠光は、京の入り口にある源氏の詰め所で拷問にかけられ、

一つの取引に応じるよう求められました。


「大江山にいた者達は、単なる山伏ではなく、

変幻自在の鬼だったことを、都では証言せい。

そして、おまえは鬼の呪術で、

今まで思うままに操られて下働きをさせられていた。

そこに我々が来て救ってもらったことにするのだ。

それがおまえの助かる唯一の道だ。良いな」


「鬼などではありません。彼らも人間・・」

「ええい、鞭打てい」

「ばしっ。ばしっ」

有無を言わさず、この調子。  


結局、忠光は拷問に耐えられず、承諾してしまいました。  


都の検非違使庁において取り調べられた忠光に、

ほどなく沙汰がありました。  

伊豆への島流しというものでした。

真相がいずれ洩れることを嫌う頼光に背かれて、斬首刑にされることを

覚悟していた忠光でしたが、この寛大な処置には不思議な気がしました。  


実は大王様直々のお計らいがあったのです。

それを知る機会がすぐにありました。忠光の出立の時、

大王様がお忍びで都の南東門に出ておられ、お声をかけられたのです。


「そなたが杉忠光か」


「はい、そうですが、あなたは?」  


そこに側近の者が、

「こら、こちらのお方は大王様なるぞ。はるばるおまえのような

下賤の者に声をかけようとお出ましあそばされたのだ。控えよ」と言う。


「権の輔。しばし黙しておれ。

さて、そなたはまれ人のもとで多くを学んだことであろうな。

予も辛いが、これも忘れ去るべき一つの過去、すべて世の成り行きじゃ」

と寂しそうに言われたのでした。


そして、こう仰せられる。

「何か不自由はないか。あらば申してみよ」と。


そこで忠光、一番気がかりだったことがとっさに口を突いて、

「シッテム殿の首の行方を・・」と言いかけて、

その不相応さに気付き、言葉を詰まらせました。


権の輔が、「何を申す。不謹慎きわまるぞ」と、刀に手をかけたとき、

大王様が、「やめよ、権の輔。これは予の頼みで出たこと。

そちから申してやってくれぬか」と仰せられました。


「ははっ。しからば。

・・・これ忠光。

おまえは一番重要な家人のことを聞かずに、

あくまでもそのような者のことを聞くか。愚か者め。

大王様がいかに寛大なお方か、よく聞くのだ。

まず言おう。お主の家人たちは、お主の幼少の嫡子を跡継ぎとして、

みな荘園の管理を安堵されておる。安心せい。

・・・もうひとつ。酒呑童子は羅城門の前にあって、

異界から国家鎮護の最後の任に就いておる。これまでじゃ。

三日以内に畿外に出ぬと、今度は容赦はないぞ。早々に立ち去れい」


忠光は万感胸に詰まって言葉が出ず、ただ深々と礼をするばかりでした。

そして、そこを後にしたのです。


忠光は、一刻をかけて、羅城門に回りました。

そして、門の外の広場で高札と祠の中に並べられている五つの首を発見しました。


道行く人は夕刻とはいえ、まばら。

忠光は小物売りから大きな麻袋を手に入れ、

これに五つの首を入れて持ち帰ろうとしました。


ひからびたシッテムの生首に手をかけようとしたそのとき、

忠光は何者かによって、「どーん」と一気に三間も

突き飛ばされてしまいました。


ふらふらと起きあがり、見ると、そこには

一本の角を頭に生やした、身の丈八尺はある

形相凄まじい「赤鬼」が立っておりました。


<これこそ鬼ではないのか?>


なおも鬼は掴みかかろうと近づいてきました。忠光は、後ずさりするばかり。

しかし、今かと思われたとき、忠光は思いがけぬことを口に出しました。


「そこにいる私の友は、おまえの身代わりになって殺されてしまったのだ。

私も、こっ、殺すなら殺せー」


鬼はとたんに動きを留め、構えた手を下ろし、表情を和らげて、

あろうことか話しかけてきました。


「お主は、シッテムの友達か?」


「そ、そうだ。私は丹波は比沼の地の地頭、杉忠光。

シッテム殿のお世話をしていた者だ」


「嘘ではないだろうな。都の者はおいそれとは信用できん。

そうだという証拠がどこにある」


「証拠?」


何かなかったかと思い起こすが、何も浮かんできません。

再び表情が険しくなってくる鬼を前に、過去の日々を振り返り急ぐ忠光。


そのとき、シッテムから教わった「おにふ」の図面を思い出し、

木の枝の切れ端をとって地面に書き始めました。

五角形を書き、それぞれに地名を書き入れたとき、

鬼は忠光を軽々と抱き上げ、「おお、あなたは忠光殿。

シッテム兄者から十分に聞き及んでおりました」と叫んだのでした。

鬼の目から涙。大粒の涙が止めどなく流れておりました。


「私は一角坊と申します。シッテムとはいとこ同志。

この地に首がさらされていると聞きつけ、伊吹山から下りて参り、

誰にも傷つけられたり盗まれることのないよう

羅城門の天井に隠れて、見守っておりました」


忠光は、驚くような展開に、半ば放心状態でありました。


忠光:「そうですか・・・」


一角坊:「この首をどうされようとなさったのか」


それを聞き、忠光は、シッテムの亡霊と約束したことについて話しました。


一角坊:「では、シッテムは首がないことを悲しんでいたのですね。

私は夢の中でシッテム兄者から、その先どうすれば良いか聞いております。

この首も火で焼いて灰にし、お持ちの灰と併せねばなりません。

それによって、胴は首とつながるのです。

ささ、私が首をみな持って参ります。そして東の山をめざしましょう」


忠光:「分かりました」


ところが、二人の視野に入っていなかったか。

まばらとはいえ道行きの人々が鬼の出現に驚き、

いつしか最寄りの検非違使に連絡をしていて、

そこから源氏の武士団が派遣されて、周りを取り囲んでいたのです。


一角坊:「しまった」


鬼は、急ぎ五つの首を忠光の麻袋に詰めると、

忠光の手をとり走り出しました。

しかし、忠光が付いていけずによろめいて倒れたとき、

鬼が起こそうと差し出した右腕に、武人の一人が斬りかかり、

右肘から先が飛んで、赤い血が吹き出しました。


「うおーっ」と呻いて、鬼はそれならばと、

もう一方の麻袋を持つ腕で、忠光を併せ抱え上げると、

その辺にいた武人の十四,五人を跳ね飛ばして、

一目散に囲みを切り抜けていきました。


「おのれ、にがすな」「矢を放て」と叫びが聞こえます。

しかし、鬼の足は速く、道遙かに走り去っておりました。


いつしか、二人は一山を越えておりました。

背負われた忠光は言います。

忠光:「もう下ろしてください。ゆっくり行っても大丈夫でしょう」

一角坊:「いやここはまだ、人の住むところ。もう少し参ります」

忠光:「腕は痛みませぬか。血も相当流れたこと、苦しくはありませんか」


一角坊:「いや、大丈夫。しかし不用意をつかれました。

戦さの腕であるときは、斬りつけた刃のほうが砕けるでしょう。

あの時、我が腕はあなた様へのいたわりの腕でありました。

その不意をつくとは、げに都人は恐ろしき。

遠く鬼の及ぶところではありません」

さらに二山越えたとき、忠光は最後の疑問を投げかけました。


忠光:「一つ、聞かせていただいてよろしいか」


一角坊:「なんなりと」


忠光:「あなた方が鬼というのは本当だったのですか」


一角坊:「いいえ、都人の言うような鬼ではありません。

この体つき、驚かれたことでしょう。

私はシッテム一族が奸計によって虐殺され、

その挙げ句首を持ち去られたと聞き、

激しい怒りにかられたのです。

三十日の間洞に隠り、伊吹の山の神に神呪を祈ること千回。

その際、横道なる武人を十万人、想いの中で殺しました。

そのとき、私の体は高熱を出して腫れ上がり、

見るからにも鬼と化していたのです」


忠光:「そうでしたか」


人気のまったく途絶えた山中の渓流のあたりに着くと、火を熾しました。

鬼は、その場にへたへたと座り込むと、

麻袋から五つの首を出し、しばらく手を合わせた後、

「忠光殿。私は役目を果たし終えました。

シッテムたちの魂をあなたの手で解き放ってやってください。

そしてできれば、私もその灰にお加え願えるなら、

我が恨みも晴れましょう」と言うや、

そのまま息を引き取ってしまいました。


鬼の体には、失った腕以外にも、刀傷が無数に付いておりましたが、

みるみるうちに腫れが引いて頭も手足も縮んでいき、

シッテムくらいの背丈、きゃしゃな体となって止まったときには、

あまりの深手の傷の多さに、忠光はびっくりしたのでした。

精神力がここまで持たせたことは紛れもないことでした。


忠光は、彼らの無念さを思い、

「シッテム殿、一角坊殿、そしてその一党の魂たちよ、安らかなれ。

神仏よ、彼らをご加護あれ」と何度も繰り返しながら、

遺体を焼いていきました。


そして、朝霞に陽光が木漏れ日の帯をいくつも作る中、忠光は

腰ひもに結わえ付けた和紙の灰と、今し方焼き上がった灰を併せました。

そして、忠光自身も大役を果たした疲れのため、その場で眠ってしまいました。


そこで忠光は、不思議な夢を見ました。

シッテム、一角坊以下六人の山伏が、とぐろを何重にも巻く

大渦巻きのような雲の上に横一線に並んでこちらを向いて

正座しているのです。そしてシッテムの声が空間に響きました。


「五郎殿。長らくお世話になりました。

お陰様で我らみな、全霊を回復いたしました。

我らは、天つ神の菅公とは異なり、

もはや下界に対して無力な存在となりましたが、

せめて想いの世界から正道護持の努力をいたす所存」  


六人の山伏が祈祷の印を結び、呪文を唱え始めますと、

一つの幻影が展開し始めました。

紺青の空の下に映える渦巻雲の真下に、

雷鳴轟く赤黒い閉鎖空間が現われ、

殺戮者の一味と思われる者達が蠢いているのが見て取れました。


「我らは、この横道者らを千年に渡って呪縛し、

世に正道を増し加えるために、小鬼として使役いたす所存。

その軌跡は、貴殿らにそれとなく報せましょう。

その時、我らの思いの不滅をお感じくだされば幸いです。

何の咎もない貴殿に迷惑をかけました。今までの礼を申します。さらば」  


そこではっと夢から醒めた忠光に、ほのかな安堵の思いが戻ってきました。  


忠光は、伊豆に去りました。

そして大王様の意を汲み取ったか、あったことを一言も語ることなく、

また都での度重なる疫病の流行や焼き討ち反乱の噂を耳にすることもなく、

子孫を設け、伊豆の地で六十の寿を全うしたといいます。


また、この頃から仏教寺院の地獄絵には、鬼が載るようになりました。

小野篁(おののたかむら)が、自らの死後も、

たびたび最近の地獄情報を現世に持ち帰り、

それとなく僧侶に伝えたからだといいます。


篁によれば、この鬼たちは、一角坊とその手の者であって、

邪道横道に終始した者を厳しく詮議し、しかるべき刑場に引き連れていく

獄卒としての役目を閻魔王から授けられたとのこと。

一角坊は、想いの中で数々の人を殺め、さらに羅城門において

たとえ仲間を守ろうとする行為にせよ、数十人を死傷させた罪を自ら背負って、

劫が尽きるまで劣悪な環境の地獄に身を置くこととしたのです。


また、元伊勢の古くからの宮司は、鬼の一族が最期の期間において

節分の行事を衆目にさらされ、石つぶてで妨害を受けた事跡を、

新生の摂理を得て実る五穀のうちの一つ、「豆」に変えて

行事化することを推進されたといいます。


都の為政者も、これは良いことと了承したそうで、

一挙にこの行事は各地に広まったとか。

いわゆるこれが、今に名残る節分の豆巻きの行事の起源という

わけですが、むろんこれは定かな伝承ではありません。

しかし五穀を豊穣の神々にお供えするように、

豆を功労者としての鬼へのお供えものとされたことは十分考えられる

ことではありますまいか。一応、権力者のお顔を立てて、豆をぶつけ、

それに逃げ惑うのが鬼というモチーフとはなっていますがね。


さて、その後ややあって大きな戦乱が続き、

都は衰えて歴史の表舞台から去り、

世々の大王様はしばらく世の移ろいを見守るお立場となりました。

それが、鬼のしていた神事の衰退と関係があったかどうか、

これも定かなことではありません。


異聞・酒呑童子伝・・・完         








酒呑童子とその一党の魂が
いつまでも安らかで
ありますよう




平成九年度大江町主催、
酒呑童子祭りより




comment


これで鬼の三部作が完となりました。

三作を通して反省しますのに、

ことの顛末を子細に顕にするほど、興趣を損ねるものはありません。

特に、日本の昔話は、少ない言葉の中に豊富な含蓄があり、

それゆえ心を育むものであったと思います。

それをこんなに具体化してしまっては・・・。申し訳ありません。




この物語は、フィクションです。

登場する人名、地名、機関名、役職名、習俗には、

時代考証がなされておらず、多くは架空のものです。



Story & Comment by 奥人









−Copyright(c)2001- Okuhito all rights reserved−