童話





さつまいもと芋虫(いもむし)

作/奥人




そこはいちめん、緑のさつまいも畑で、うねがいくつも並んでおりました。

秋でしたが、日照りの暑い日が続いていました。葉はよく生い茂り、その下

の地面には涼しい日陰ができていたので、団子虫(だんごむし)やはさみ虫

ムカデといったたくさんの生き物がすんでおりました。


あるうねの中のことです。一匹の緑色をした芋虫が、さつまいもの葉を食べ

ていました。でも、この芋虫は、葉に穴をあけただけの分を食べればよいの

に、少し味見してはすててしまい、また次の場所に移動しては穴をあけてい

たのです。


さつまいもは、芋虫に言いました。


「芋虫さん、わたしを食べてもらうのはかまわないけれども、食べるのに必要

な分だけにしてくださいな」


「でも、こんなにたくさんあるんだから、いいじゃないか」


「たしかに、わたしはせっせと新しいつるを出して葉を作っていますよ。でもこ

 んなにひどくては、わたしがこまるだけではありません。いずれもっとひどい

ことが起きますよ」


「ひどいことって?」


「神様がねえ、わたしばかりか、わたしたち全体を早々に見かぎってしまわ

れることが恐いんです」


「神様? それ何?」


「あなたはとちゅうから来たので分からないでしょうが、わたしたちを苗から

育て、日照りのときも水を欠かさず与えてくれている、わたしたちの育ての

親とでも言うべきかたです」


「そんなの見たことも聞いたこともないよ。変な言いがかりをつけられるのは

気分悪いなあ。もうかまわないでよ」


さつまいもが何もできないのをいいことに芋虫は今までどおり食べ回りました。


秋も中ごろになって、芋虫はころころと大きくなり、さなぎになる時期が近づい

ておりました。そうした夜のことです。


芋虫は、もうすぐ羽根を持った美しいガとして、ここをはなれていくので、ひと

つ、ここにいるやつらをからかいついでに、日ごろ口うるさいさつまいもをこら

しめてやろうと思いました。

つごうよく、さつまいもは眠っています。下を見ると、こおろぎや鈴虫はさかん

に鳴いていましたが、ほかの虫たちは寝るしたくをしている様子。


芋虫は、今までほとんど無関心だった団子虫に声をかけました。


「おいおい、君たち、顔色がよくないねえ。住むところがしめった土の上では、

 病気になってしまうんじゃないかい」


団子虫の一匹が、どこから声がしたのかと、あたりをきょろきょろ見回して、

ようやく上のほうにいる芋虫を見つけました。


「だれだい、あんたは」


「ぼくは、広い国からやってきた、いたってきれい好きで、グルメな芋虫さ。

 君を呼び止めたのは、君たちがくらくてきたない生活をしているので、もう

少しましな生活の仕方を教えてやろうと思ってね」


「僕らがきたないって?」「そう。君たちは何を食べている?」


「これだよ」と、団子虫はそばにあった土まみれの腐ったわらをおいしそうに

ほおばりました。


「ああ、それそれ。ふけつだよ。そんなものを食べていたら、病気になってし

まう。ぼくはね、いつもせいけつでおいしいものを食べているから、きれいし

やがて変身してもっときれいなすがたになって、空を飛んでこのふけつなと

ころからおさらばするんだ。君たちも、もっといい食事にありついてみなよ。

きっといいことがあるよ」と、芋虫は、そくざに葉をくりぬいて、下にいる団子

虫のところに落としてやりました。


「これを食べるの?」「そうだよ」


団子虫は、一口食べると、顔をしかめました。


「うわ、これはにがいよ。ぺっ、ぺっ」


「そんなことあるもんか。これが食べられなきゃ、きれいな体に

 はなれないぞ」


しぶしぶもういちど食べて、もぐもぐやっていると、ふしぎに甘味が出てきまし

た。


「うーん。食べられなくはないな」


「そうだろう。こんなにうまいものはないんだ。おい、ここまで上がってきてみ

 なよ。君のなかまが、どんなにかわいそうな生活をしているかがよく分かる

よ」


団子虫は、ふだん登ったことのないつるを、おっかなびっくり登っていきました。


「おお、すごい。あそこに弟がいる。妹もいる」


「そうだろう。みんな地面にはいつくばって、こんな世界があることなど夢にも

 思っていない。君が食べたものは、ほら、この天井いっぱいにある葉っぱ

だ」


「すごいなあ。こんなところに住めたらいいなあ」


「安心して住みなよ。ぼくはもう食べなくていいし、葉はたくさんある。君のな

 かまにも知らせて食べさせてやりなよ」


「ああ、みなに知らせてやるよ」


芋虫は、何も知らずに眠っているさつまいもを見ながら、これでうるさいやつ

にひとあわ吹かせてやれると、心の中で思いました。



次の朝、さつまいも畑では、今までになかったことが起きていました。

多くの団子虫が、ぞろぞろとつるをよじ登り、葉という葉に取りすがっている

のです。中には、はさみ虫やムカデまでいました。


さつまいもはびっくりして、「君たち、いったい何をするつもり?」と聞き回っ

ている間にも、葉のほうぼうにはげしいいたみを感じました。


「ああ、いたい。やめなさい。君たちがすることじゃないはずだ」


さつまいもの葉は、あちこちで食い破られ、そのうねばかりか、そのとなり、

またそのとなりへと広がっていきました。



しかし、太陽の強い光が葉のやぶれ目を通してさしてきますと、団子虫たち

は日の光がにがてなため、すごすごと地面におりていきました。

それでも葉っぱの天井はかなり薄くなって、地面には光のまだらができ、つ

いに団子虫の中には、土の中にもぐるものさえ出てきました。


しばらくして、そうぞうしい地ひびきがしてきました。人間たちがやってきたの

です。


「ああっ、これはどうしたことだ」


「ずいぶんひどくやられたな」


「これ以上おいといても育つまい。今日にも、かり取ってしまおう」


さつまいもは、いたみをこらえながら、来るべきときが来たと思いました。


「さあ、だいぶ早いが収穫だ」


「たいして大きくなっていないだろうなあ」


こう言って、人間たちは、つぎつぎと茎を切り、緑の部分を地面から切りはなし

ていきました。地面は、とたんにぱあっと明るくなり、逃げまどう団子虫やムカ

デなどで、てんやわんやのありさまになりました。


別のうねでは、おばあさんが芋をほり、孫が芋のつるとりの作業をしています。


「ばあちゃんよお、おれはやっぱり百姓はしょうにあわないよ。都会に出て、き

 れいな暮らしをしたいよ。たいした収穫もないし」


「何を言ってるの。人間は、ひたいに汗して、作物を育てて、自然からとれるも

 のをいただくもんだ。それが基本なのさ。どうも近ごろは、世の中がおかし

な方向にいっているように思えてならないね。神様のばちがあたらなければ

いいんだがね」


そのとき、けいたいラジオがニュースを流していました。


「南極上空のオゾンホールの大きさが、かこ最大を記録しました・・」


おばあさんも孫も、何のことかよく分からず、かり取り作業にせいを出してい

ました。


「おお、ここに大きな芋虫がついてら。こいつが食い荒らしたんだよ」と、孫は

芋のつるにつかまってさなぎになろうとしていたあの芋虫を地面にたたき落

としました。


「そうか。さつまいもはこのことを言いたかったのか」


芋虫はこのときはじめて後悔したようでした。しかし、時すでにおそかったよ

うです。次のしゅんかんには、芋の神様の足がおおいかぶさっていました。





comment


近所の貸農園でサツマイモを作りました。生育は順調でしたが、
無農薬なので、芋虫がつき、取り入れの頃には、
葉っぱという葉っぱは虫食いの穴だらけになりました。
芋虫にも言い分があるには違いありませんが、
穴がどこかオゾンホールに似ているような気がして・・・。
こんな風になりました。











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