物語





ホームレス讃歌

作/奥人




さて、これは私の知り合いのY君が神戸市長田区に住んでいたときの話です。

長田区といえば、靴やケミカルやゴムの工場が立ち並び、

平成七年一月十七日の大地震で、ほとんど壊滅してしまった地域ですが、

これはそれより十年も前のことになります。



Y君は、神戸でも有名なパン屋さんの配送の仕事をしており、

朝早くから乗用車で出勤する毎日で、夏にさしかかったこの日も、

ゴム工場地帯の横を通り抜けておりました。



あまり人を見かけないはずの早朝の道路に、白髪を後ろで束ねた老婆が、

箱車を押しながら腰をかがめて、ひとり歩いておりました。

箱車には、その幅より大きいめの段ボール箱が何枚か重ねて積んでありました。

そうです。この人は、今にいうホームレスのお婆さんだったのです。

昔は、バタ屋さんといいましたか。



町なかを深夜から早朝にかけて歩き、

道端に落ちているいらなくなった段ボール箱を集めて、

いっぱいたまれば、これを買ってもらえる回収業者に持っていき、

私たちが考えるよりはるかにわずかなお金をもらって、

日々の暮らしをたてているのです。



何らかのやむにやまれぬ事情があって、みなが豊かになったこんな時代に、

こうした姿をとらねばならない人々がいます。

男のひとを見かける場合が多いのですが、このときはお婆さんでした。



Y君は、一度は追い抜いて行きすぎましたが、

どうしても走り去るわけにはいかず、急停車し車を降りると、

ポケットにあった百円玉をいくつか取り出して、

お婆さんのところに持っていきました。


「おばちゃん。これ、使てくれんかな」


お婆さんは、ふと足を止め、腰をのばすと、

赤銅色の皺深い顔に笑みを浮かべて、

手をゆっくり横に振り、こう言いました。


「ええんよ。私にはね、おてんとうさんからもらった、丈夫な足と体があるから

ね。ほら、このとおり。気持ちだけいただいとくよ。ありがとね」


そう言うと、また同じようにして歩いていくのでした。

Y君にとって、無理にでもお金をお婆さんのよごれた前掛けのポケットに押し込

むことはできたでしょう。

しかし、Y君は圧倒されて、立ち尽くすのみでした。

そして、車に戻って走りはじめると、なぜか涙が流れてくるのでした。



Y君にとって、断られたのは初めてのことでした。

そう言えば、今まで、まともに話し掛けることもせず、

お金であれば喜ばれるだろうと、

無理やり押しつけてきたことに気が付きました。

心のどこかで異質な人々と決め付け、腫物にさわるようにしながら、

善いことを行なっていたつもりだったようです。



でも、そうではないのです。

彼らこそ、むろんすべてがそうではないとしても、

私たちがどこかで失ってしまったものを持っていたのではなかったでしょうか。



あれから十二年以上たったことになります。

最近には震災もありました。

そしていま、長田はしだいに復興を遂げようとしています。

町には更地が多く、まだまだの感はありますが、それでも着実に。



年格好が、あの時すでに七十を越えているかと思われたお婆さんは、

どうされていることやら。と、Y君は時折、あの日のことを思い出すのです。







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世の中には、いろんな立場の人がいます。
たとえそれがボトムな境遇であっても、
自分の生き方を持ち、
それに誇りを持っておられる場合があって、
そこに人間としての偉大さを感じるのであります。





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