たった一日の・・ 遙野(はるかの)不思議紀行

             作/おくんど

地名、人名はすべて仮の名前です





「神秘は、それを求める人が
訪ねてゆくだけのものではない。
・・・向こうからすごい速度で
やってくるのだ」(青山圭秀著
 「理性のゆらぎ」帯書き)より



1.きっかけ


私は、かねがね昵懇にしていたMさんから、

「今から家に来てくれないか。

実は僕の撮影実績を見たという遠来の訪問客が来ていて、

おくんどさんの話ともぴったり合いそうだから電話したんだ」

とお誘いを受けた。


私は、休みであったこともあり、彼の家に出向いてみた。


訪問客とは、まだ三十才程の若者だったが、

精悍な顔だちで、髭をたくわえ

我々よりよほどしっかりしているように見えた。

確かに、これくらいの年ごろの人であれば、

Mさんのやっているようなことに興味しそうである。


だが、このGさんという若者、開口一番に、

「私は目撃を何度もしています」という。

Mさんが、撮影実績という成果でやっているのに対し、

この若者は撮影器材は持たないが、専ら見るのだという。


着いてみれば、Mさんは、私の研究成果の図面を、

話のついでに見せていて、彼の興味を引いていた。

というのは、彼はその図形の要になるところの土地から

わざわざやってきたからなのだ。


Gさん:「確かにそうなんです。私の居場所には、

謎の古代遺跡がたくさんあり、

しかもUFOの飛行が多発しているんです。

目撃の状況を詳しく説明したいので、一度来てもらえませんか」


おくんど:「Mさん。いいんじゃないですか。

我々は今まででも時折出向いていたんだから。

ただ、UFOが目撃できるほどの出方をするとは思わなかった。

うまくいけば、見ることができるかも知れないじゃない」


Mさん:「うーん。行きましょうか」


こうして、平成十年に入って間もなしの頃、

その地方への小旅行をすることになった。


2.食堂での語らい



そこは、「遙野(はるかの)」と呼ばれ、

地名からして遠く懐かしい響きを持っていた。

その土地には、かつて何回か、UFO撮影のために訪れており、

旅慣れた行程ではあった。

我々は、いつしか近いようで遠い、この土地に踏み入れていた。


田畑の連なる、まったくひなびたたたずまいである。

そこに一本のうねりながら続くアスファルト道路が

景観に溶け込んでいた。

Mさんはエブリの4WDターボをうならせて、

目的地めがけて走った。


あの若者と出会うところは、この辺では由緒ある

神社の参道の入り口にある、土産もの食堂であった。

かつて我々は、この土地で撮影し、Mさんの分に

顕著なものが撮れたので、食堂の従業員に交渉して、

写真を額に入れて飾ってもらっていた。


食堂を利用する人は、観光客であれ、地元民であれ、

少なからずそれを見ることだろう。

それをあの若者は見て、

額の下に記されていた連絡先に連絡を取ってきたのだ。


我々二人は、若者が来るまで、ここで甘酒を頼んで

時間を費やそうとした。


その日、店でパートとして働いている

六十才くらいのお姉さんが二人居て、

Mさんが、「この額の写真の主です」と話し始めると、

一人が「へーえ、あなたがそうなん」と言い、

そしてもう一人が、「来る人来る人、皆見ていくよ」

と言ってくれた。


Mさんが、「前に来たときのあのおばちゃんどうしたの。

UFO見たというやない」と聞くと、

「あの人は、今日は非番や。ローテーションしとるで、

その日によってなあ」とのこと。


ところが、不思議なもので、噂をすれば影とばかり、

ものの3分もしないうちに、

そのお姉さん(Bさん)は普段着姿で現れた。


Mさん:「あれ、おばちゃん来たんかいな」


Bさん:「ああ、あんたはあのときの・・」


Mさん:「今日はね。おばちゃんが飾ってくれた写真が縁で、

人がここに来るんだわ。名前はGさんという人。

この地方の人らしいよ」


Bさん:「え?Gさん?ああ、それならうちも知ってるよ。

私ら、いっしょに居って目撃したんやから」


おくんど:「えー。Gさんと一緒に見たんですかいな」


Bさん:「そうよ。ぴょんぴょん、ぴょんぴょん、白い光が

この浦山のすぐ近いところをが飛んどってなあ。

私も、この年になるまで生かしてもろて、

大変なものまで見せてもろた。

ほんとはなあ、私は四十なんぼで死ぬことになっとったのよ。

それをここの岩長姫さんから、世の理をまだまだ

語り継いでいきなさいと仕事をもろて、

こないして生かしてもろてるんよ。

ここの神示は、間違いがなくてなあ。たとえば・・・・・」


このお姉さんは、我々の希望をはるかに超えて、

信仰の道を切々と説いてくださるのであった。

我々は、甘酒をすすりながら、話に合わせていた。


Mさん:「おばちゃんの話もすごいけど、

写真の反響は聞いてないやろか」


Bさん:「ああ、それはみな感心しとったよ。だってねえ、

このあたりの人で、UFO見とる人は多いんよ。

だけど、見たゆうたって、それっきりやから、

ほんまかどうか言うたところで分かってもらわれへんやない。

その点、ちゃんと写真が証拠として残ってれば違うわね」


横で聞いていたお姉さんの一人が、

「そうよ、見たという人がこれ見て、

ああほんまに撮れとるわと言うとったよ。

そやけど、私もこっちの人も見たことない。

縁がないねんなあ。そやから、信じろゆわれても信じれんわ」

と、話の輪から外れていった。


「そんなことない。それだけ、よく出る所なら、いつか見るよ」

と、私はいちおう励ましたつもりだったが、

果たして大勢的見解だったかどうか。もう一人のお姉さんも、

「そやろかなあ。まあ不思議なことはあるもんやと思うけど」

と、さほど関心がある様子ではなく、

テーブルをせっせと拭いていた。


Bさんは、私のほうに集中的に振り向いて、

また不思議な話を続けるのだった。

私は、どれほど理解できたとも言えないが、耳を傾け、

そしてまた必要なところで合いの手を入れていた頃、

Gさんがやってきた。


Gさん:「どうも。よく来てくれました」


Mさん:「おお、待ってました」


Gさん:「あれ、Bさんのおばちゃんも来とったの」


Bさん:「ああ、今日はなんか虫が知らせたんかなあ。

来てしもたんよ」


Gさん:「おくんどさん。僕はこのおばちゃんと一緒のときも、

よく見るんですよ。この前、あれはいつだったかなあ」


Bさん:「あんたが、あー、出たーと言うから見たら、

ぴょいぴょい飛び跳ねとったやつやろ?2ヶ月くらい前だわ。」


Gさん:「つい、こないだはPさんの奥さんと、大きなサーチライト

みたいなのが突然出てきたのを見たんです。

大概UFOが出るのは、この浦山の南側の小高い山の向こうからで、

そしていつものパターンとして、決まって南の矢的山に降りていくんです」


Mさん:「同じコースを通るわけ?」


Gさん:「ほぼそうなんです。出るときは浦山の上や北側の

谷になったところから出ることもありますが、

多くは南の山向こうからで、飛んでいく先は決まって矢的山なんです。

実は、矢的山の頂の少し窪んだように見えるところに、

決まって雷が落ちるんです。何か関連ありそうでしょ」


おくんど:「ほおー」


Gさん:「ところで、矢的山には、神話のような話があって、

その山の名前の由来でもあるんですが、かつてこの地方の

神様が、この山を的にして矢を放つ練習をしたというんです」


おくんど:「おー、それはまた暗示的な話やね」


Gさん:「そうでしょ。多分古い昔から、

こういう現象はあったんじゃないですかね」


Mさん:「よし。彼も来たことだし、話はまた聞くこととして、

そろそろ行こうか」


そうして、我々は、当初から目的としていた撮影のため、

第一撮影現場に向かった。


3.浦山の参拝所で



そこは、神社の真裏の浦山といっていた

神体山を礼拝する簡素な石組みの参拝所である。

若者は撮影器材を持っていなかったので、

我々だけ例のように三脚に器材をセットして、

神体山の頂を含む空間を定点観測的に撮影し始めた。


我々は、ビデオカメラが回っている間、

おしゃべりに打ち興じた。

Mさんは、UFO撮影家だけあって、

別途チャネリングということもやる。

随時、向こうからの情報を取り出して話をするというわけだ。


一方、Gさんは、この地方の古代遺跡の話をした。


Gさん:「登ったことが何度もあるのですが、

この神体山の頂上付近に、ストーンサークルがあります。

環状に石が並べてあって、

かつて神話研究家のK氏とも一緒に上ったことがあり、

そのときK氏は、そのうちの八つにお御酒をかけて回ったんです。

何でも、風水や奇門頓甲に関係しているんじゃないかとか」


おくんど:「K氏といえば、僕は知ってるよ。もう二十年も前のことだ。

静岡県の焼津で、夜間にUFO観測をやるというんで、

全国から有志が集まった。

超能力で著名になったA氏がまだ若くて、

UFOを呼ぶことができるというんで主賓だった。

昼のうちに別の講演が二つほどあって、一つはその道の

著述家のI氏がテレパシー実験の統計を取るとか言って、

皆で実験をやった。二番目がK氏で、

テーマのUFOと、ある古代文書の話を、

まったく流暢に淀みなくやってのけたもんな」


Gさん:「その頃、K氏は太ってましたか」


おくんど:「いや、ふつうよりきしゃな感じだったけど」


Gさん:「今太ってるんですよ。あの人」


おくんど:「ああそうなの。その彼がねえ、昼食のとき、

カレーライスだったけど、わざわざ長テーブルの僕の対面に

皿を持ってきて座るんだよ。いくらでも空いてるのに。

周りのみんな、見てるから恥ずかしいよねえ。

そこでピンと来たのは、あ、この人、

僕を地球人に化けた宇宙人と思ってるな、とね。

僕はもちろん地球人で、日本語もまともに話せない上がり屋

だったから、軽く会釈しただけで、気取られないように装ったよ」


Gさん:「はは、そうなんですか。おもしろいな」


おくんど:「そうか。その人がここにも来たんだね」


Gさん:「けっこう以前から、ここの巨石遺構には、

感じるところがあったみたいですよ」


その時、神社の参拝を終えたのであろう若いカップルが、

ワンカップ酒を参拝所の石組の上に具えて、

しばし祈り、柏手を打って去っていった。


Gさん:「おお、不思議ですね。お御酒の噂をすれば、

具える人が居た」


おくんど:「ほんとうだ。こういうシンクロというのは、

大事なんだよね」


Mさん:「Gさん。UFOはどこから出たって?」


Gさん:「この山の南からが多いんです。

小高い山なんだけど、そこから出たというんじゃなくて、

麓から見たときのその方角から出たというのが本当でしょうね。

UFOは大きい光なもんで、大きさが掴めないんです。

多分、山のどれほどか向こうでしょう」


概図


Mさん:「そこから、どこの山に向かっていくって?」


Gさん:「あれです。あれが矢的山。あの山上には小さな祠があって、

とてもUFOが収容できるような感じじゃないんですが、

もしかしたら地下基地でも存在しているのかも知れませんね」


Gさんはそのとき、何かただならぬ気配を感じたように、

身構える格好をした。


Gさん:「ちょっと待って」


Gさんはそう言うと、石組のほうを注視した。

石組には締め縄が張ってあって、

そこから四本の幣(ぬさ)が垂れていた。

ところが、四本のうちの一番左の一本だけが、

風もないのに揺れているのだ。

他の三本は、かすかに動くも、ほぼ静止に等しかった。


おくんど:「ありゃ、これだけがどうしたことや」


Gさん:「ね、そうでしょ。一本だけがなってるでしょ。

ああ、分かりました。お御酒を催促されてるんですよ」

と言うや、彼は今しがた石組の上に置かれた、

ワンカップを手にとって、ふたを開けた。

と、同時くらいに、左の幣の揺れが止まって、

四本とも足並みをそろえたのだ。


おくんど:「あ、止まったよ」


彼は慣れた手付きで、お御酒を石組にかけ、

また指につけて、あたりに指弾きをして飛ばした。

そしてあたりの地面にもかけた。


Gさん:「分かったでしょ。

お御酒はふたをしたままじゃだめなんです。

ちゃんとあたりに振りかけてはじめて、

神様に呑んでもらったことになる。

せっかく具えてくれたのに、

呑めないんじゃだめだと、催促されたんですよ」


おくんど:「ひえーっ」


この絶妙な成り行きには、私もMさんも舌を巻いた。


Gさん:「これ、どうです。呑みませんか」


おくんど:「うん」


私は、おそれ多いとは思いながらも、

3分の1ほどになったカップの一部をもらった。

それというのも、御神縁を結ぶという意味があるような

気がしたのである。

Mさんはもとより呑めないのと、運転することから、

勧められることはなかった。

Gさんも一口呑むと、残りを地面に振りまいた。

手慣れた行為だった。


これだけでじゅうぶん、この若者は、ただ者ではない気がした。


4.不思議の里人



撮影は、その後二十分ほど続いただろうか。

地元だからよく分かるので、撮影に適した場所を他にも

教えるというGさんの勧めで、我々は場所を移動した。


その車で移動の道すがら、Gさんは突然、

「あれはPさんの奥さんだ。今、車で出ようとしている。

ちょっと横付けしてくださいよ」

と、前のほうを指差した。


Gさん:「この奥さんなんですよ。よく目撃しているという人は。

話が聞けると思うので、行きましょう」


彼は、先に車を降りて、今まさに車庫を出ようと

していた女性を制止した。


女性は車を元に戻して降りてくると、

「G君やないー」と、笑顔で答えた。


Gさんが、「今、あの神社に行ってきたんですよ」と言うと、

女性は、「私も今、何か行かなあかんような気がして、

神社の下の食堂に行こうとしとったのよ」と言う。


「あ、この人なら間違いなく見ていそうやな」と、

直観的に人を見るMさん。


Gさん:「この人たちは、Mさんとおくんどさんで、

UFO撮影をしている人です。僕、今日は撮影のつきあいかたがた、

UFOの出る場所や、遺跡なんかを案内してるんですよ」


Pさん:「ああ、こないだ、あんた、尋ねていくと

言うとった人やね。とうとう連れてみえたんやね。

それはそれは、はるばる。・・いや、私も、

ここでしょっちゅう、大きな光るものを見とるから・・・」


非常に気さくに、UFOの話を、早速始めてくれたのである。


実は私は、すでに一年以上前に、この女性に、

UFOを目撃したとの情報を聞きつけて、

どんなふうだったかを聞こうとして電話したことがあったのだ。


この電話は、成り行き上そうなったもので、

私の意志でしたわけではなかったのだが、

この時、Pさんはあまり人には話したがらない様子だった。

というのも、評判になって、予期しない報道関係者が

詰めかけるようなことがあったらしい。

それで、よほど気心の知り合った者以外は、

あまり話をしたくない風だったのだ。


しかし、この時ばかりは違った。

電話の時ようやくアウトラインしか話してくれなかったものが、

Pさんから積極的に詳細を語ってくれたばかりか、

ごく最近に見たという驚異的なケースについても詳しくしてくれた。


この時には、娘さんがカメラで続けさまにUFOを写そうとした

現物まであって、そのときのネガをわざわざ

家から持ち出してきてまで、私に見せてくれたのだ。

ただし、失敗作だったが。



それは昨年十二月半頃のこと。夕方まだ明るいとき、

PさんとGさんは神社の浦山周辺に、

すでに発光体が飛び回っているのを見ていたという。

それで、Pさんが家族を呼びに行く間に、

発光体の飛行は収まっていたらしい。

たびたびあることなので、事前に用意していたインスタント

カメラを娘さんが持って家から出てきたのであったが、

すでに目的のものは居なかった。


Pさんも、「あー、もう行ってしまったなあ。

また出てくるのと違うかなあ」などと言っていたらしい。


すると、またも浦山の南に続く小高い山の向こうから、突然

サーチライトのような巨大な白い光の玉が出現したという。

Gさん、Pさん、その娘さん、見ている者は、当然あぜんであったが、

それは緑や桃色の光を下方に明滅させながら、

すーっと東の空に去っていこうとした。


その時、このままではせっかくのシャッターチャンスを

逃がすと思ったPさんが、「こっちにきてー」と叫んだという。


すると、それに応えたか、いきなりUFOは方向を

90度変更して、こっちに向かってきて、

20−30メートルほどの頭上を通り過ぎていったのだという。

その間、娘さんは、その発光体に向けて、

カメラのシャッターを何回も押し続けた。

その回数は十数回である。


シャッターは、こうした時によくありがちな不作動を

起こすことなく、有効に機能したのであったが、

十数枚のうちの二枚を除いて、何も写っていなかったのだ。


写真屋が、これらの部分は有効に写っていないからと、

焼くことをしなかったために、ネガを見た上での話となるが、

その二枚の一つには電線と碍子は写っていたが、

途中から消えるようであり、

電柱やその他の背景は写っていなかった。

何か、異様な事態がそこにあったことを如実に物語っていた。


またもう一枚は、ネガで暗紫色だったから、

多分黄色の発光が全体を覆っていたことになろうか。

その他は、多少の色相は出ていたかも知れないが、

ほとんど真っ黒であったろう。

これら、相手がUFOであった場合に起きうる

異常現象だったのだろうか。


私は、UFOがどれほど出たかよりも、このかたくなだった

はずの女性が、何でも気さくに話そうとする

人物であったことのほうが、驚きだった。

Gさんを介することによって、打ち解けてしまったのか。

また、Gさんとともに目撃している場合が多いなど、

はじめにいろいろ聞いていたことにも増して、

初耳なことが目白押しとなった。



そのすぐ後、Gさんが、つい数日前の夕方、犬の散歩の途中で、

奇妙な神社に立ち寄ったという話を、Pさんに対して始めた。

気心知れ合った者同士の何気ない会話という感じだったが、

側で聞いていて、尋常でない会話であることに気付いた。


まず、Gさんだ。

遙野の市街地の外れに神社があって、

そこに初めて足を踏み入れたという。

そのあたりは民家が少なく、社は人が来るはずもないのに、

こうこうと明かりが灯っていたという。

何かの縁かとお参りを済ませた後、小さな公園程度の

境内地の傍らに丸い岩が頭半分ほど出していたので、

犬をそのままにしてその上に座って、少し目をつぶっていたという。


ところが、目を開けて彼は驚いた。

いつのまにか満月が眼前に、バーンと出ていたというのだ。


Pさんは、それを興味深そうに聞いていたが、

何か様子がおかしい。

ごく普通の様子での普通の会話のようなのだが、

Pさんは、そこには青い色のフェンスが近くにあるなあ、

などといくつかの付近の特徴を述べている。

ところが私がそのやりとりに首を突っ込んでみたところ、

Pさんは実際にそこに行ったことがないらしい。


「これはどういうこと?」と、私が聞くと、

Gさんが、「飛ばしているんですよ」と言う。

Pさんはなおも没頭するように、周りの状況を詳しく話した。

トンネルが近くに見える、と言ったときには、

Gさんは知らないなあと答えた。


Gさんが後で言うには、Pさんは”意識”を飛ばして、

今まさにGさんの行跡をたどっていたというのである。



また、Gさんが当初言っていたように、

遙野地方には不可思議な巨石遺構があちこちにあり、

そのような一つがPさんの家のすぐお隣の遊休地にあった。

我々は、Pさんの案内で、そこに回ってみた。


その名は、「いかり石」という。高さ1.5メートルほどの火山岩でなる

いびつな直方体の石であるが、その伝承が立て札によれば、

「舟高山をつなぎとめておくための石」となっていた。

その名の付く石は遙野に、所々あるとのこと。


これはどういう意味なのか考えてみた。ストレートに考えれば、

山などをこんな小さな石で繋ぎ止められるはずがない。

山が動くとなれば、地滑りが考えられるが、

その防止を祈願したとでもいうのだろうか。

そんなことなら、実に発想の乏しい話である。


だが、山の名の「舟」という言葉に着目すれば、

それはもしかしたら、上空を航行する舟ということにならないか。

山里だから、海洋を行く船ということはない。

「山」が表現している非常に大きな舟のイメージも、空ならば。


また、Pさんの話では、いかり石の前方百メートル四方

くらいの畑には、牛馬などの家畜を入れて(耕作して)は

ならないという掟が古い昔から伝承されていたという。

つまり、不浄を嫌う神聖な土地とされていたことが窺えた。

何らかの神事が行われていたことになろうか。

もしかすると、UFOに関わるような。


私はその後で、Pさんの独り言に似た、次のような言葉を耳にした。

私は、遠い地方からここに来て仮住まいしていたが、

定着することに決めて、西の出雲大社と

特定の二山を繋ぐラインの交点のこの土地を選んで、

移り住むことにしたのよ、と。


5.北斗星の神社


さて、我々はPさんと別れ、また車に乗ってGさんの言うとおりに走らせた。

その途中に、また別のいかり石があると、Gさんは差し示す。

なるほど、やはりサイズは似たり寄ったりだが、

少し形が石柱っぽかった。

その道路を隔てて反対がわに、先の神社とは

ペアーになる神社があって、その裏手に矢的山は位置していた。


つまり、UFOは、先の神社の岩座となる神体山の近辺

から出て、こちらの神社の岩座に降りるということになろうか。


Gさん:「今はこれらの神社、新しい場所に遷移していますが、

新しいほうには霊験はないですよ。

どう間違ったのかな。というより、

未だにこちらの力が衰えていないということかな」


おくんど:「しかし、今の遷座地も、いちおうセオリーを

満たしているからなあ」


Gさん:「なるほどねえ。それでもやはり生きているのは

こっちですよ。つまり、もう一つの古文書に

言われることのほうが重要かも知れませんね」


おくんど:「あれのことね。それによると、大昔、

この地が政治の中心地だったというね。

そして、執政していた神々は天の車に乗って、

世界各地を見回っていたというが、その天の車というのが、

未だに機能しているのかも知れないなあ」


Mさんは、それはどこそこの星から来たものだと、

チャネリング見解を話した。


Mさん:「昔、地球は宇宙の星々と交流があって、

このあたりがキーステーションになっていた可能性がある」


Gさん:「おもしろいですね。ちょうど、その話が出たところで、

皆さんをいいところに御案内しましょう」


Gさんによれば、海辺に近いところに大昔の神々の

執政地跡があるという。

ただし、それは今や岩座とも、石の捨て場とも

つかぬような状態だという。

そんな珍しいものが見られるのかと、

私はわくわくする思いを押さえられなかった。


車で大きな一山を越えれば、

向こうには木立をぬってちらちらと海が垣間見られた。


その途中だ。Gさんは、思いついたように、

先日犬の散歩で偶然行ったという神社があるから、

行ってみましょうと言い出した。


その付近まで行くと、確かに青いフェンスがあった。

それが境内地の半分を取り囲むようにしてあり、

神社の裏側に、鉄道の下を道路がくぐる形のトンネルがあって、

「なるほど、当たってるなあ」とか言い合った。


細い道路の傍らに車を止め、境内地に入った。敷地の隅に、

なるほど直径1Mほどの丸い岩が、半分砂に埋もれた状態であった。

その近くに、4つ5つと、同程度の大きさで、

形のやや角張った岩が散在しているのが見えた。


Gさんは、「もしかしたら、これは全部で7つ有るかも

知れませんよ」と言う。そして、雑草と枯れ木で覆われた、

青いフェンス寄りの土地に入っていった。

そして、「ありました」と叫んできた。


「思った通り、全部で7つ。そして位置関係は、

これが1,これが2,これが・・・」と、その位置を調べ、

「北斗七星の形に並べられています」と言った。


そして、「こういう場所では、間違わず順番にタッチしていけば、

思いも寄らない力が付きますよ」と、

まず彼が手本を示し、私にも勧めた。


「順番を絶対に間違えないように」と念を押された。

私は、人の関心なく足場の悪くなったままの土地に踏み込んで、

Gさんが見守る中でタッチを行なっていった。


「うーん。何か気分がいい」と私。

Mさんも同様に行なって、感じを味わった。


北斗七星の形に並んだ神社境内の巨石の一部


G氏によれば、この遙野地方には一の宮から七の宮までの

神社があって、地図で位置をたどったところ、

ちょうど北斗七星の星の位置に対応していたという。

それで、こんな思いつきを持ったのだそうな。


前回は、夜間に来たからこれほど岩があるとは

思わなかったらしいが、同様に位置関係を確かめたところ、

やはりひしゃく型に並べられていたのだった。

後は距離を計るという単純作業で、

どこまで正確が期されたかがわかるはずだ。


こうした岩一個、いったい何トン有るだろう。

やはり昔の人が運んできて置いたことは間違いのないことだった。


この神社は沿革は定かでないと、但し書きされるが、

道教思想による聖地だったのかも知れない。

Mさんは、これも宇宙と関連づけて考えているようだった。


そうして、さらなる目的地をめざした。


6.観光寺の猫


海岸に添って続く旧国道に出て、さほど交通量もない

道路をしばらく行けば、やがて目的地についた。


その間、Mさんが、自らのチャネリング情報をいろいろと

披露してくれたり、Gさんが地元のその他の一風変わった

土地の話をしてくれて、時間が足りないくらいであった。


その目的地は、観光地のど真ん中といってもいいところで、

割高な駐車場に車を置いて、徒歩で行くと、

由緒あるお寺の裏を抜けるような形でその場所に着いた。

人通りはまれにしかなく、竹林があったりで、

ひなびた風情をかもしていた。


その場所は、確かに岩だらけで、大きい目の岩が下の方に

いくつか古くからあったもののように見受けられたが、

その後、誰彼ともなく石を捨てたものか、

墓石や性格の違う岩などが無造作に積み重ねられていた。


「この下が元からあった岩座じゃないか」と私が言うと、

Gさんは「そうでもないような気もしますね」という。

どうも彼の研ぎ澄まされた感覚を以てしても、

判然としない遺構のようであった。


彼がどこからそうした話を知ったのか。

やはり、何かの先人の手になる書物から得た知識なのか。

いずれ彼の実地踏査の一環から得られた情報であることは

間違いあるまい。

この地元の篤志家といって良い人物。

この年で、精神世界のことに随分詳しくている。

私との接点といえば、UFO(これはむしろMさんのお株だ)

と遺跡の幾何学配置の件くらいだ。

そして、幾何学図形の一角に、この地方の神社が

関わっている。その程度なのだ。


その過去の執政地といわれる、残骸のようなところを

ビデオカメラに一通り収めた後、

お寺参りしようということになった。



寺の境内に入ると、人通りもめっきり増えた。

さすがに平日であったため、混雑ということはなかったが、

小さな子供連れの主婦が行き来していた。


そこに不意に、トラ猫が現れた。

どこにでも見かける光景ではあった。


ところが、それを見てGさんは、一声「カウ」と唸った。

すると、人に無関心でひょこひょこ歩いていたトラ猫が、

Gさんのほうをじっと見つめた。

そして、何を思ったか、Gさんの足元にやってきて、

さも懐かしそうにまとわり付いたのだ。


むろん、彼の飼い猫であるはずもない野良猫に違いなかった。

人に無関心な猫が、彼の一声で、そんな風になるのだろうか。


我々は、本堂に入ったが、その時修理の最中ということもあって、

その天井にあるはずの地獄絵を見ることはできなかった。


お賽銭を手向け、お願いを若干して、その場を出た。

Gさんの行ったことのあるという茶店で、

名産の餅を食べようということになった。


その途中、また違う猫が前を通りかかった。

それを見たGさんは、またも「カウ」と唸った。

すると、またもやその猫は、彼の存在を認め、

何と!!目を丸く細めながらやってきて、

彼の足元に擦り寄ったのだ。


目を細めた猫の顔が、まるで笑顔のように私には見えて、

私は、自分にも擦り寄らないかと、「おいおい」とか

「にゃん」とか言って猫の注意を引こうとしたが、

猫は私に一瞥もくれることなく、しばらくGさんの後を追い、

そしてどこかへ去っていった。


「あかんなあ。あんただけやなあ。すごい」と、私が脱帽宣言すると、

彼は「猫は霊を見ることができるんですよ」と、

こともなげに言ってのけたのだ。


神体山の参拝所のときといい、この時といい、

この人物の途方もなさには驚いた。

170センチほどの体を氷山の一角のようにして、

底知れぬ深みのあるやつという気がしたのである。


だが、この彼も、今はフリーターであり、まともな仕事を

探さねばと努力している、表向きは普通のやつだった。


茶店で餅を食べ、遠路来てくれたお客さんだからと、

支払いを彼がしてくれたのだが、後で土産餅とはいえ、

お茶が付いただけで法外に高くなると、茶店を非難

したところなど、ごくあたりまえの人らしさを振りまいていた。


さて、それでその時の旅は終わり、Gさんは最寄りで下車して、

またの再会を約して別れたのだった。


私は、帰り道、Mさんとその日のいきさつについて、

感嘆を以って語らった。

最初、食堂にやってきた年取ったお姉さんとのこと。

Gさんとのこと。何十回となく目撃したという女性のこと。

そして、啓発的な遺物の発見。

小さいこととはいえ、度重なる不思議な出来事。

これらすべてを総合しても、自分の理解力を越えてしまう。


また、UFOが目撃できる形で出てきてくれた

わけではなかったが、何やらこの土地は、

我々に胸衿を開いてくれたような気がしたのだった。


私はその感動を、様々な言葉を使って、Mさんに伝えた

のであったが、Mさんは自らのチャネリングからくる意見を

私に返してくれるばかりであった。


これでいいのか?これでいいのだろう。いいに違いない。

この人物も、UFOをすでに何百例となく撮っているのだ。


7.神話ふたたび


古文献によれば、かつて文明創世の神々がいて、

天の車を駆使していたという。

その天の車を繋ぎとめるかのような「いかり石」が散在している。

その一例については、禁忌の聖域が付随していた。

そこにわざわざ差し計ったようにして移り住んできた、霊能女。

また、寿命を追加されてまで、使命に燃えて異言を語り続ける老女。

彼らを繋ぎまとめるかのような若者。

かつて強い因縁で結ばれた者が、

大過去の記憶をたどって参集しつつあるのだろうか。


むろんこの地に、奈良、平安、鎌倉、室町、江戸時代と、

様々な人が現れ、同様の不思議を現わしながら生まれ、

そして去っていったかも知れない。

そこまでは知るすべがないことだが、今現在において、

何かが進行していることは確かなようであった。


私は、古事記をずいぶん昔から研究していて、

次のような解釈を得ていた。


大昔、一つの大きな文明があって、

それが様々な燃焼関連事物の登場によって、

世相が尽きる(黄泉:よもつ)瀕死の状態にいたった。

ひどい戦争があり、あらゆる生命が抹殺されようとしたとき、

桃の実の形をした飛行物体によって、

辛うじて次の時代に人々が橋渡しされたと・・・。

その時の桃の実を、私は今に言う

UFOではないかと解釈していたのだ。


古事記に暗示される燃焼関連事物とは、

急燃焼する火器、石油、爆薬、兵器類、飛行機など。

それを支える市場経済や大工業の記述もある。

それに対して、良識による制動がかからず、暴走していき、

その結果、世相は後戻り不可能の黄泉の状態になったという。


まるで現代を物語るかのような印象を受けるが、

むろんこれは過去にあった話として書かれている。

そして、我々はまだそこまでは至っていないはずである。

だがもし、我らの世代だけでもおもしろおかしく

生きればよいではないかと、腹をくくり開き直ってしまったなら、

おそらく無責任にも暴走していくであろう。


また、燃焼関連事物の中に、ダイオキシンまで暗示されていようとは、

私とて最近まで知らなかったことだ。

これは今ならずとも、古い昔から自然発生したことであろうし、

生態系を蝕む原因になっているに違いない。


だが、神話は時として、こうした物に対する備えを教えている場合がある。

ゾロアスター教の神話には、やはり過去にあった

一つの文明の終結を、善神悪神の戦いと重ね合わせ、

地上の魔や害毒を除去するのに洪水が用いられたといい、

なおも残った百万の病気や害毒に対して、

百万の薬草が用意されたとしている。


つまり、植物の効用。それを追認するように科学は、

体内に蓄積するダイオキシンには、それを排出する作用のある

植物繊維や葉緑素の効果を報告するようになった。

放射能禍には、ドクダミがよいという報告もある。

つまり、高濃度の環境汚染物質、低濃度の

環境ホルモンに対して、何らかの植物が天与の

治療薬となっている可能性がある。ただし、いずれも、

短時に催起された愚を、地道に長い時間をかけて解消せねばならない。

これが善神の生命に対して与えた摂理なのだ。


同様に、もしも改められるという過程が今後存在するなら、

そこには忍耐と地道さこそ要求されても、怠慢や短絡

などといったことが少しでもあっては、元も子もないだろう。


8.時を超える宇宙船



西暦2XXX年、私は、杖に必死ですがりつき、

膝の痛みをこらえながら、遙野の地を歩いていた。

そして、暇があればいつもやってくる場所に、その日もやってきた。

目的のものがあろうが、なかろうが、さすらうようにやってきた。

ありがたいことに、その日はたまたま目的のものがそこにあった。



私は、上空に陽光を浴びて光る巨大宇宙船が滞空し、

何名かの搭乗員や係り官が舟の下の地上を

行き来している有様を眺めていた。

宇宙船は「鳳船」と呼ばれていた。

少し離れたところに、いつも見かける顔があった。

それは、きりりとしたボディースーツに身を固めたPさんで、

船の中の誰かと、盛んにテレパシーで交信していた。


また、Gさんもすぐ近くの露天に設営された管制システムの

ディスプレイの前に座って、どこかと交信している。

ディスプレイには、様々な文字が浮かんでは消えていた。


Gさん:「では、鳳船の利用は、取りやめですね」


XXX:「xxx・・・xxxxx・・」


Gさん:「分かりました。良かったですね。みな、やる気を出したんだ」


XXX:「xxx・・・xxxxx・・」


Gさん:「Pさん。鳳船の出動は取りやめです。

みんな、良識を前面に掲げて、地道な改善の努力を開始したそうです」


Pさん:「あらそう。じゃあ、私たちの行動も、インプリシットモードになるわね」


Gさん:「それが本来あるべき姿なんですよ」


私は、この時、人々がようやく事態に目覚め、復興を開始したことを知った。

それはおそらく、長く険しい道のりになるだろう。

だが、その気概が人の間から消えない限り、隠密裏に動く神々は、

それを支援し、早い解決の小径に導くことだろう。


鳳船は、銀色の葉巻型の船体を中空に浮かせて、そこから幾筋かの

可視光の碇綱を、いかり石の前に設定された装置に照射しており、

断続的なハミング音がするほかは、船体はその位置のまま、

微動だにしなかった。


これは、私がこの地に移り住んで、漆塗りの仕事を遅巻きながら

手掛けるようになってこのかた、時折ここに来て目にする光景であった。


これがそこから発進するときには、船体が銀白色にまぶしく輝き出し、

方向を制御するための、碧にぎて、白にぎてと呼ばれる、きらびやかな

青緑色の光と、桃色がかった白色光が下方に明滅するようになる。


何万年前からの技法で作られ、そして今なお最新型であるこの船、

世界各地の古文献や神話伝説に採り入れられたものが、

まさにそこにあった。


私は、露天の管制装置の前に歩み寄った。


Gさんは、私を認めて、「やあ、来ましたね」と言った。


おくんど:「どうやら、良いニュースがあったみたいね」


Gさん:「はい。人々にまじめに事態に取り組もうという気持ちが

現れてきたとのことです。人はその気になればできますからね。

我々、オオカムヅミチームには、今回お呼びがかからないようです。

カムナオビとツツノヲチームは、これから忙しくなるでしょうが」


おくんど:「そうですか。それが一番だよね。過去のいきさつを理解して、

新時代に臨むのと、そうでない場合の差はあまりにも大きいから」


Gさん:「今なら、鳳船に乗れますよ。中でリフレッシング・ハオマ装置が、暇を

もてあましていますから、せめて足の痛みだけでもとってきてはどうですか」


おくんど:「いや、それには及ばないよ。痛みは、若いときの不摂生と

怠慢が原因だから」


Gさん:「いつもながら、頑固だなあ。加齢ということもありますよ」


おくんど:「いや、僕の気持ちが許さないんだ。そして、この痛み、この不自由。

人として生きて味わうべきすべてを賞味しておきたいんだよね」

などと、格好の良いことを言ったものの、内心は不安でたまらない。

だが、彼らに対し遜色のなさを装い続けてきた以上、

こうでも言わなければ収まりがつかないのだ。

たぶん、みなの方が私を知り尽くしているに違いないのに。

少しでも老荘の心境に達したかったが、

未だに格好付けばっかしじゃねえ。


Gさん:「鳳船がここにある機会は、もうないかもしれませんよ」


おくんど:「死ねば死んだでいいじゃない。きっと、素晴らしい

時代がくることだろう。その時、胎生という方法ででも、もう一度訪れたいね。

そうだ、君の息子さんの子供として、一考しておいて欲しいな」

(などと、まだ気障なことを言ってやがる)


Gさん:「いいですよ。覚悟するよう言っておきましょう。

頑固で強情な孫が生まれてくるだろうってね。ははは」


おくんど:「鳳船か。これが幾万年の間使われ、またこれから

幾万年活用されるか分からない船なのか」


私の存在に気が付いたか、Pさんがやってきた。


Pさん:「おやおや、あんた、船に乗ってきたらどないなん」


おくんど:「いやー。僕はそんな分際じゃないんで」


Pさん:「精神が幼かろうと、貧しかろうと、今ここに居るということは、

縁ができてるということよ。遠慮せんと乗ってきたら」


おくんど:「そうかなあ」


Pさん:「よっしゃ。上にちょっと伝えるから、この場に待機しといて」


Pさんは、そう言うと、目をつむって何事か唱えるようにした。

この人には、なぜかあっさりと退治されてしまう私なのだ。


おくんど:「Gさん。ごめんよ。意固地で。やはり、ちょっと覗いてくるよ」


Gさん:「はは。Pさんにかかったら、形無しですね。どうぞ、遠慮なく。

あ、そうだ。中にMさんが居るかも知れませんよ」


私は宙に浮く感じがしたかと思うと、一瞬のうちに船内に入っていた。

私は、リフレッシュ装置の厄介にはならないからと、係員に告げた。


全長900メートルはあるかというその船内は、何階層にもなっており、

オリハルコンの壁面は自然光を発して明るく、空間は広々としていた。

人口7000人を収容できるという。


管制制御室は直径50メートルほどの円形であって、ここを見下ろしつつ、

取り巻くように、会議室がいくつも並んでおり、

各分科会の決定事項が、直ちに船の運行に直結するようになっていた。


その日は、会議室の3つが使われていて、

そこで地球上で生起する動向について語らわれ、

残された課題について今後の見通しが立てられていた。

すでに、良好という裁定を下した200もの分科会が解散していて、

その役割の終わった分科会にMさんもいたらしい。


暇になったとはいえ、管制室では20名ほどが慌ただしく働いており、

その様子がどこからでも見通すことができた。


今日はいない提督の座席の右手に、今回、もしかしたら稼動させねば

ならなかった装置があった。エーテル波動を発生させる装置だ。

精神波動の8つのディメンジョンに関し、特定のレンジを設定し、

その範囲にある人々に、特定の行動を取らせることのできるシステムだ。


人の側からすれば、シンクロニシティーに驚き、

奇妙な意図に導かれたと後で思うかもしれないが、

そうした偶然に似た形で、救出作戦が展開されるのだ。


だが、こうした形で、新時代が始まったとしても、その恩恵は

これらの者と、その後の多くとも数代にしかなるまい。

記憶は風化し、教訓は歪曲され、やがてランダムな胎動の波に乗って、

粗雑な魂が訪れてきて、すべてがもくあみになる日がきっとくる。

彼ら一つかみの者が神々しい黄金時代を味わったとて、

どうすることができよう。


それに比べて、今の時代の者すべてが、いきさつを理解し、

困難の伴う努力を介して、やや色あせてはいても

新時代を勝ち取ることのほうが、どれほど有意義か。

すべての魂に、このいきさつからの勝利が、

叡知として刻み込まれることになるからだ。


鳳船はやがてここを去るだろう。

華々しい登場がない以上、人類の持つ知識の範疇に入らぬ者として、

彼らの視界からしばらく消え去るのである。

再び、何事か地球が騒然となる気配を生じるまで、

あの矢的山の時空の割れ目を介して、亜空間のドックに入るのだ。


私は、鳳船の頂上の展望塔に出た。

かつて、精神性に極めて優れた神々が、ここから360度を眺望した。

あらゆる国の命の生活の様子を眺め、愛でられたのである。


そういう私は、精神性のかけらも持ちあわせない、一介の放楽者だ。

記者が、どんなところへでも、その資格いかんに依らず赴くように、

私はこの神聖な場所への立ち入りが許された放楽者。

その実態は、明日どこでぶっ倒れているや知れぬ身なのだ。

それに気付いて、ふと淋しくなった。


風が、展望塔の開け放たれた窓から吹き込み、

一枚の枯れ葉を運んできたので、拾い上げた。

そのように私は、時間という風が送り込むところ、

どこにでも漂い落ちる、木の葉そのものに違いなかった。

そこを汚していこうが、いくまいが。風情を与えようが、与えまいが。


そのとき、また一陣の風が吹いた。

手のひらにあった木の葉は、捕らえきれず再び風に乗って、

窓の外に運ばれていった。


ところが、私の意識は、しがみついたかのように、

いつまでも木の葉と共にあった。

目まぐるしく外界が回転した。

外界の色調がだんだら模様となって土色に溶け込んでいき、

ようやく落ち着いた先で、私はパンと目を覚まし、

カーテンの牽かれた薄暗い雑然とした部屋を目撃した。


夢であったようだ。鳳船は夢であったのか?

私は呆然として、手のひらを見た。

それは、私の身勝手な夢だったのか、

それとも将来起きうる正夢だったかのか。


手のひらには、まだ木の葉の軽くてざらついた感触が遺されていた。

これを物化という、のか? 


〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜


古事記は、黄泉路を逃れたいざなぎ神が

最終局面で、桃の実(UFO)に対して

一つの依託をされたと書き記す。

それは、現しき青人草(人類)が、再びこのような困難に

遭遇するようなことがあるようなら、

同様にして助けてやってくれ、というもの。




Comment



Gさんには、北斗七星の件で、神戸にも一の宮から

七の宮まであって、やはり星の位置に対応

しているかも知れないので調べておくと約束している。

誰しもご存じの神戸三宮とは、このうちの第三番目の三の宮神社に由来する。


神戸の地図を繰って調べたところ、

一番目から四番目までで、ひしゃくの桶の部分は

完成しているも、五番目以降、つまりひしゃくの柄の部分が

おかしくなっている感じがした。


五の宮は神社がないようで、その地名のなごる土地は

遠く北に外れていた。また八の宮が存在するので、

それだけで北斗星の法則から外れている気がするが、

六の宮と合祀がはかられているというので、

そうした場合にはまあまあの位置かも知れない。


七の宮は、大和田の泊に近い海辺にあって、

理想位置と思えた。というのも、七番目は破軍星といい、

六番目から七番目の延長上に、難敵が想定されているからである。

平清盛の頃、外敵は海上方向に想定

されていたものだろうか。


いや、それより将来、海上方向から来ることになる

平成の大震災を見据えていたのかも知れない。

残念ながらそのとき、迎え撃てる形を成していなかったということか。




この物語は、6章までは事実であり、

全体的には実話に基づくもフィクションです。

登場する地名、呼称は仮名です。



悠遊夢想