ご当地UFOソング

このページは
<EMBED>でMIDIファイルが貼り付けてあります。


《歌詞》
《・・・・・前奏・・・・・》
UFOさんとは言うけれど、いったいあなたは誰ですか。
空ゆく鳥も怖じさせず、見ようとすれど姿なし。
音もせぬならなぜ映る(なぜ映る)。
ホンにあなたは屁のような(屁のような)。
残り香だけでも嗅がせてよ。

《・・・・・・・・間奏・・・・・・・・》

雲の中におわすのか。山の彼方にお住まいか。
やはり宇宙がふる里か。それとも心におわすのか。
驚き映像イリュージョン(イリュージョン)。
謎は尽きねど 一つだけ(一つだけ)、
言えるは我らの想いかも。

《・・・・・・・・間奏・・・・・・・・》

この世に謎は尽きぬもの。じかに見せられ試すなら、
おかしな世界もそこにある。想ってみれば本当は、
うつつが夢ではなかろうか(そうかもね)。
UFOにピントあわすとき(あわそうか)、
辺りは縄文の故郷なれ。
《・・・後奏・・・96年8月29日作詞作曲(By OKUND) 》


質問::UFOの歌としては、ずいぶん泥臭い気がするんですが。
お答え:私には、UFOが宇宙から来たものというよりむしろ大地の底から沸き上がってくる力のような気がしてるんです。UFOとは、誰か人間が作ったものでなければならないというのは寂しい気がします。UFOは、地球という大地を通じて、宇宙のあらゆる星と繋がりを付ける伝令的存在なんじゃないですか。
質問2:縄文の故郷とは、何かの思いこみがあるのでしょうか。
お答え:縄文の時代の人は、自然の流れの中で生きていたといいます。彼らは大地の営みと共にあり、宇宙の営みとも共にあったと思われます。自然界のすべての命がそうであるときに、いつしか人間だけが浮いた存在になってしまったようです。高度な知性を持つようになったから、そうなったといいますが、果たしてそうなのでしょうか。高度な知性があれば、悟性に基づく抑制が働き、先の先を読み、読み誤らない判断が生まれるはずです。無分別な富と権勢の伸長の歴史。結局、我々の歴史は、こうした知性に依らないものによって作られてきたというしかありません。縄文時代に、もし権勢を誇張しようという意図があれば、偶像的遺物がたくさん出てきて、彼らの歴史がもっと鮮明にもなったはずですが、偉大なことに、彼らは慎ましやかであった。偶像を必要とせぬほどに、目の前にある生活に満足していた。だから高く評価されるべきと思うのです。

☆☆☆・・ブラウザの「戻る」でお戻りください・・☆☆☆